火曜日の幻想譚
7.紅い瞳の少女
これはもう、20年以上前の話です。
その頃、私は色々とうまく行かないことが多く、すっかり人生が嫌になっていました。商売に失敗して莫大な借金はこさえるし、そのせいで女房子供には逃げられるしで、本当に散々な時期だったんです。そんな状態もあって、もう精も根もすっかり尽き果ててしまいましてね。いっそのこと、死んでしまおうと思ったんですよ。でも、「今日明日死ぬのも何かもったいない、できるだけ足掻いてやろうじゃないか」そう考えたんです。そこで、借金取りが来る前に手持ちの金をかき集めるだけかき集めて、その金で行きたい所に行ってやろうと計画したんです。
その計画はものの見事に成功して、私は束の間自由を得ることができました。ご当地の絶景を見て、ご当地の名物を食べて、高級ホテルのベッドで眠る。そんな贅沢な生活を、数ヶ月の間過ごしていたんです。
ですが、そんな生活を続けていれば、当然の如く路銀が尽きてきます。さて、どうやって自分の命のけりをつけようか。そろそろ、そんなことを考え始めなければならないと思い始めたときのことでした。
その日、私は地方のローカル線にふらふらと乗り込んで、窓の外の景色をぼんやりと眺めていました。普段乗っている電車と大して変わらない住宅街の風景でも、お国が違うとそれはそれで新鮮なものです。そうやって、なるべく先のことを考えぬようにしながら、物憂げな顔で外の景色を眺めていると、いつの間にか隣の席に少女が座っていたのです。
吸い込まれそうな紅い瞳の少女は、自分にやっと気づいてくれたくたびれたおじさんに向かって、悲しそうに微笑みながら言いました。
「この席に座って外を眺めている人は、なぜかみんな死のうとしているの。あなたで12人目だわ」
そして、おもむろにポケットから板チョコを取り出し、パキンと半分に割ったのです。
「…………」
少女は、板チョコの片割れを無言で私に差し出しました。何か不思議な力を感じた私は、それに気圧されてその片割れを受け取ったのです。
それから先のことは、なぜか覚えていません。でも、その少女はいつの間にか、そこから居なくなっていました。
ただ、一つだけ覚えているのは、そのチョコを齧っている内に、涙がぽろぽろ溢れ出てきたことです。それはもう、チョコを食べ終わる頃には、大の大人が車内で号泣している程でした。
そして気がつくと、電車は終点に到着していました。電車を降りて、駅のホームに降り立ったとき、なぜか私は『もう少し、生きていたい』そう思ったんです。