火曜日の幻想譚
9.ストレス解消法
むしゃくしゃする。イライラが止まらない。理由は明白だ。
上司や妻、子供からのチクチクと突き刺すような一言。不満顔の部下を残業させなければならない心苦しさや己の無能さ。毒にも薬にもならないことを言ったり、マウントを取ったりしてはしたり顔の同僚。
これでおかしくならない方が、おかしい。
というわけで、色々とストレス解消法を試みた。
飲めない酒を無理やり飲んだ。頭痛で翌日寝込んだだけだった。ゴルフをやってみた。スイングが当たらない。マラソンをしてみた。不審者として通報された。女を買ってみた。病気をうつされた。
だめだ。どれもこれもろくなもんじゃあない。自分なりの、オリジナリティのあるストレス解消法を考えなければ。そして、考えあぐねた結果……。
屋台の前。私は、コロッケを注文する。ややあって出てきたコロッケを、おもむろに握り締める。
「うああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
そして、渾身の雄叫びと共に、握り締めたコロッケを上空に投げ上げた。
べちゃ。ちょうど通りがかった男の頭にコロッケは落ちる。男は、そのコロッケを手に取り、もぐもぐと食べ始めた。
私はそれを見届けると、次のコロッケを握り、再び遠投する。
べちょ。少年を連れたお母さんの肩に当たる。お母さんはコロッケを少年に渡し、少年はそれをおいしそうに頬張った。
ぐちゃ。たむろする若者の一人にぶち当たる。乱れた髪を整えながら、彼はコロッケにパクついた。
ぺちゃ。カップルの女の顔に当たり、メガネがずり落ちる。彼女はメガネをかけなおし、どこか恥ずかしそうに、コロッケを彼と半分こした。
女子高生、サラリーマン、子ども、老人……。文字通りの老若男女に、揚げたてのコロッケが降り注ぐ。当たった人は、色んなリアクションをしつつ、結局コロッケを口に運ぶ。
一投げ百円ちょっとで、ストレスが解消できれば安いもんだ。それに、当たった人にコロッケを振舞うと考えれば、気分だって悪くない。
私は夢中で、青空が夕日に変わるまで、コロッケを宙に投げ続ける。その度に、ストレスという名の垢が、紙がはがれるように治癒していくのを感じながら。