火曜日の幻想譚
16.朝の儀式
いつもそう。いつだってそう。
晴の日も、風の日も、雨の日も、雪の日も。名も知らない彼は、早朝の7時54分、確実に駅のそこに立っている。
そこで彼は、かばんからゆっくりと財布を取り出す。売店の冷えた飲み物を見つめながら。そして、売り子さんに注文をする。必ず500mlサイズの紙パックの牛乳。飲み方もいつも同じ。まず成分表に目を通す。同じ牛乳なんだから、成分だって同じはずなのに、いっつも必ず目を通してる。そしてパックを開く。おもむろに腰に手を当てる。パックを直接口につけ、間髪を入れず一気に飲み干していく。天を仰ぎ、喉を豪快に動かし、床に置いたカバンを取られる心配もせずに。これから電車に乗るのに、お腹のことも一向に気にせずに。
飲み終えるのが7時57分。彼は約3分間、毎日ここでこうしてる。私は彼を見つめながら、一本遅い各駅停車を待つ。読みかけの本が気になっても、LINEにメッセージが来ていても、彼を見つめる目は止められない。
妙に心地よくて、胸が苦しくなる、そんな一日の始まりの儀式。