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火曜日の幻想譚

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17.フラスコの中の空



「ようこそ。いらっしゃいました」
水田博士は客人を迎え入れた。一組の夫婦と思われるその二人の客を、博士は研究室の傍らにある応接室に案内する。
 博士は、そこで二人に簡単な書類を書くよう説明をする。その後、別の同意書のような書類にサインを請い、それが終わると研究室内に三人で入っていく。

 博士は、研究室で幾つかの薬品の調合を始め、それをフラスコに注ぎ入れた。そして、アルコールランプでそのフラスコを煮沸しながら左右に揺らし、中の液体を攪拌する。しばらくその動作を続けた後、おもむろに客人二人の眼前へとそのフラスコを高く掲げた。

「こちらが、2003年4月26日。お二人の結婚記念日の名古屋の夜空ですね」


 数年前、博士は偉大な発見をした。ある薬品をとある法則に基づいて調合し過熱すれば、地球上の任意の時間、任意の場所の空を再現することができるという発見だった。これは、今後の諸研究に多大な貢献をするであろう大発見だ、博士自身はそう考えていた。

 ところが、他の研究者はこの発見に賛辞を送りはしたものの、全く見向きもしなかった。もちろん出鱈目な発見ではない。ちゃんと再現性があり、いわゆるオカルトや疑似科学などと呼ばれるものではない。だが、世の研究者は、この発見に過去の空を見る以上の価値を見出さなかったのである。

 博士は思う。
 例えば、元寇のとき、本当に神風は起きたのか。桶狭間の合戦前、本当ににわか雨が降ったのか。これらの事象、実は簡単に真実がわかるのではないか。
 史学の分野だけじゃない。大地震や天変地異が起きたときの空や雲。それらは、災害予測の有力なヒントにはならないか。
 日食や月食、その他諸々の宇宙のイベント。これらをつぶさに見る事だってできるだろう。
 他にもまだまだ可能性はあるように思えてならない。博士は「誰か」にこの発見を役立てて欲しいのだ。

 しかし、その溢れ出てきそうな想いを、彼は無理矢理心中に押さえ込む。その使途を自分からは言い出したくない。謙虚で慎ましやかな博士は、この発見の可能性を「誰か」に気づいて欲しいのだ。だが、その可能性に気づいた者はまだ居ない。その現実に直面した時、博士は考える。軍事技術が日常用いる技術に転用されるなんて、日常茶飯事だ。とある技術が、発見者の思い通りに使われないなんて事は、恐らく少なくないのだろう。この発見に便乗した「記念日の天気占い」という本がベストセラーになり、研究室に客足が途絶えず、研究費が潤沢になっただけで十分じゃあないか。

 博士は、何度も自分をこう言い聞かせて慰めた後、次の客人に会うのである。

「ようこそ。2005年12月30日、ご長男が生まれた日の栃木県の夕方の空がご希望ですね」


作品名:火曜日の幻想譚 作家名:六色塔