夢ともののけ
何を考えているか分からないがら、何も考えていなかったように思うだけで、我に返った時に、すべてを忘れてしまうのは、本当に何も考えていなかったのかも知れないと思ったが、我に返ること自体、何かを考えていた証拠だと思うようになっていた。
最初はマンガばかりしか見ていなかったが、途中から小説も読むようになった。
――小説を読むのは苦手――
と思っていたが、確かにセリフだけを選んで読んでしまっていることも多かった。
本当は面白い小説なのかも知れないのに、セリフばかりしか読んでいないと、面白味が分からない。だからマンガに走ってしまうのだろうが、一度小説を飛ばさずに読むと、今度はマンガでは満足できなくなってしまった。
小説を書きたいと思ったのは、マンガを描くだけの自分には絵心がないというのをw飼っていたからだ。小説であれば、慣れれば文章を書くくらいならできると思うようになっていた。
だが、実際に小説を読み込んでいくと別の考えが頭をもたげてきた。
――小説って、想像力のたまものであり、読み手と作者、それぞれで想像力を発揮しなければ成立しないが、その二つが決して一緒になることはない――
と思うようになっていた。
――一緒になることはないが、お互いに気付かないところで、近づいて行こうという意識がどこかに存在しているように思えてならない――
と感じるようになったのは、小説を書けるようになってからのことだった。
――そう感じたから、書けるようになったのかしら?
とも思うようになった。
小説を書くというのは、想像力を働かせるという意識は最初からあったが、想像力という言葉に漠然とした曖昧な意識しか持っていなかったのに、多面的な要素を含んでいると感じるようになったことで、小説の奥深さが感じられるようになったのだろう。
奥深さが感じられるようになってからも、想像力という言葉に漠然とした曖昧さを拭い去ることはできず、書きながら追い求めている時、読み手も自分と同じような発想を抱くであろうことを感じずにはいられない。
きっとこれは、
――作家としてのエゴなのだろう――
と感じたが、そう思って、以前読んだマンガの明治時代の文豪を思い返してみると、その時には感じることのできなかった別の考えが浮かんできた。
すると、そのイメージが自分の小説への創作意欲に結びついてきて、
「今度は明治の文豪を自分の小説に登場させたいのよ」
と麻美に話すと、
「それは面白いわね。小説家が小説家を描くというのは難しいと思っていたけど、優香になら書けるんじゃないかって思うわ」
と言われた。
「どうしてなの?」
と聞くと、
「優香は想像力という言葉を他の人と別の視点から見ることができるので、きっと面白いものが書けるような気がするわ」
と言われた。
麻美には、想像力について、読み手と作者の両方に存在するもので、それぞれが違っているという思いを話したことがあった。
「当たり前のことのようだけど、それを口にできる人ってなかなかいないと思うの。優香はそういう意味では貴重な存在だわ」
と言われ、
「そう言ってくれると嬉しいわ」
と、優香は素直に喜んだ。
「人ってね。自分の思っていることをなかなか口にできるものではないのよ。下手なことを言って、嫌われたらどうしようって思うからね。優香もそうなんだって思うけど、優香の場合は、それでも口にしないと気が済まない性格なんじゃないかって私は思うのよ」
という麻美に対して、
「そうなのかしらね。自分ではそんな意識はないんだけど、でも、口にした後で後悔することって結構あったわ。口にしなければよかったってね。でも、最近ではそこまで強い後悔はないの。やっぱり、麻美のいう通りなのかも知れないわね」
と優香は言った。
麻美の言葉にはいつも感心させられる。優香が思ってもいないことを口にしてくれることもあれば、あとから考えると、
――ひょっとすると、私も最初から自覚していたことなのかも知れないわ――
と思わされることがあり、新しい発見のような新鮮さを麻美の言葉は与えてくれる。
それを思うと、麻美という存在は、ただの友達というだけでは済まない存在に思えて仕方がなかった。
麻美も優香に対して同じようなことを感じていた。
優香は麻美に対して、麻美が優香に対してしてくれる助言のようなことを口にしているとは感じていない。実際に優香の言葉が麻美の中で何かの変化を生むということは稀にしかない。二人が親友だということを考えれば、その頻度は実に少ないものだと言ってもいいだろう。
そう思うと、優香は麻美から、
――私は与えられてばかりなんだわ――
と感じ、どこか後ろめたさが麻美に対してあった。
それが遠慮のようなものになり、たまに優香が麻美に対して見せる他人行儀な態度は、そんな気持ちを反映しているのかも知れない。
もちろん、優香にそんな自覚があるわけではないが、麻美には優香の他人行儀な態度が許せない時があった。
そんな時、麻美が取る態度は、それまで優香が知っている麻美とはまったく違った人になっていることで、優香には戸惑いしかない。そんな戸惑いを感じた麻美は、さらに優香に対して許せない気持ちを煽るのだが、そこまで来ると麻美の許せない気持ちはピークとなり、次第に沈静化していく。二人のそんな関係は、ある意味では、
――小説よりも奇なり――
と言えるのではないだろうか。
優香の小説に出てくる男性主人公のモデルは、もちろん翼だった。なるべく翼には分からないようにさりげなく書こうと思っていたが、麻美には看過された。
「これって、翼のことでしょう?」
麻美は、誰にも知られないようにわざとヒソヒソ話で優香に話した。
優香の方としては、そこまでかしこまってヒソヒソ話にならなくてもいいと思っていたが、麻美がヒソヒソ話をすることで、元々それほど必死に隠すつもりはなかったものが自分の中で必死になっているという自覚を持つようになった。
この自覚は錯覚だったのだが、麻美はそのことを分かっていた。分かっていて優香にわざと必死さを植え付けようとしたのだが、それは麻美が優香に対して後押しをする形になり、恋のキューピット役を買って出てくれたかのようにも思えた。
しかし、考えようによっては、単に優香の心を惑わせて、翼との仲に亀裂を生じさせようという思いもあったのかも知れない。どちらにしても、その考えは両極端であり、麻美が敵なのか味方なのか、優香には分からなかった。
当の翼は何も言わない。
優香の前で何も言わないだけなのか、それとも麻美に相談でもしているのか分からない。それを確かめるすべのないことは歴然としていて、優香にとって、実に悶々とした精神状態にさせられた。
優香は麻美に正直には言わない。麻美もまさか優香が正直に話をしてくれると思ってはいないだろう。だが、二人は親友だと思っている。もし、麻美が優香に対して、自分が指摘したことを煙に巻くようなことをすれば、どう思うだろう?
――親友だっていうのに、水臭い――
というくらいには感じるだろう。