夢ともののけ
――意識していることで、いつも一緒にいるのに分からないことがあるというのは、きっと時間をかけて考えても、理解できることではないに違いないわ――
と優香は感じていた。
優香は何作目かの小説で、自分の妖精を描いたことがあった。自分が妖精になるというよりも、誰かを気にすると、その人のために妖精になるというストーリーだ。
優香自身は意識していない。それは優香の夢でだけ演じられ、夢であるがゆえに、優香は目が覚めてから覚えていないのだ。
しかも優香が妖精になって現れる相手は、その人が今まで優香を意識したことのない人である。つまり、優香が一方的に意識する人であり、その人が何か助けを求める様子を少しでも示せば優香は、その人のために妖精になって活躍するという話だった。
人というのは、意外と無意識のうちに、
――誰でもいいから、私を助けてほしい――
と思うようである。
それは、ほとんどの人がそうであり、例外はないと感じるほどだった。
最初優香にはピンとこなかったが、
――考えてみれば、相手が誰でもいいと思うと、助けを求める気持ちも開放的になるのかも知れないわ――
と感じた。
つまりは、誰にでも他力本願で助けを求める気持ちを持っているが、相手を限定してしまうと、どうしてもその気持ちを内に籠めてしまう。その人に悪い印象を持たれたくないという気持ちからなのか、それとも単純に人に自分の後ろめたさを示すことが嫌なのか、どちらにしても、人は心の中では絶えず誰かに助けを求めているのだと、優香は悟っていた。
それは、自分が妖精になるという力がなければ分からないことだった。その時に優香が感じたことは、
――どうして私なんだろう?
という思いだった。
小説の中のフィクションでありながら、書いていくうちに、なぜ自分が主人公として選ばれたのかということを、小説の中で明らかにする必要があるのかどうか、考えてみたが、その結論は出てくるわけもなかった。
――そのことを考え始めると、そもそも私が小説を書いているということの大義を証明しないといけないような気がする――
そうなると、堂々巡りを繰り返してしまうようで、
――考えること自体がナンセンスなのではないか?
と感じるようになった。
優香の中に小説を書くという意義や大義などという大げさなものがあるわけではない。しいていえば、
「書きたいから書いているだけ」
としか答えようがない。
これは誰にでも答えられることであり、誰もが答えることだった。
「他の人と同じでは嫌だ」
という思いを強く持っていて、小説もオリジナルを書くことを目標にしているので、ありきたりの答えは嫌だった。
それなら、
「他の人と同じでは嫌だから」
と答える方がもっともらしい答えだった。
というよりも、これが正解だった。それは優香も理解しているつもりだ。しかし、これを口にすることを控えている。これを口にしてしまうと、自分の中で、
――何かの言い訳をしているようだ――
と感じるからだった。
言い訳などというはずもない。優香自身が言い訳だとは思っていないからだ。もし他の誰かが、
「言い訳なんじゃない」
と言い出せば、それも分からなくもないが、そんなことを言う人などいるはずがないと思っていることで、優香は、言い訳という言葉が重たく感じられるようになった。
――言い訳という言葉自体が、何かの言い訳のようだわ――
と、まるで禅問答のような気持ちになるが、考えてみれば、自分の考えていることのほとんどは堂々巡りを繰り返していて、
――堂々巡りこそが、禅問答のようなものなんじゃないかしら――
と思っているのも事実だった。
優香は、小説を書きながら、絶えず何かを考えている自分を感じていたが、その時に得た一つの結論が、
「堂々巡りは、禅問答だ」
ということだった。
小説を書き進めていくうちに、最初は皆が皆、自分に助けを求めていると思っていた。その都度、夢の中でその人の妖精となって現れ、その日、いや、その夢一回だけで、その人の苦しみを救ってあげる妖精となっていた。
妖精に助けられたその人は、夢で助けられたという意識はあるが、その妖精がどんな顔だったのかということまでは覚えていない。ただ夢の中で、
――この人とは初めて出会った――
と感じているだけだ。
優香が妖精となって夢に出現できる人が、相手が優香を意識していない人だけなのか、それとも意識があっても、夢の中だけは別世界として仕切りを立てている人なのか、それに関しては言及していない。ただ優香は書きながら、相手が自分を意識している人だけが妖精になって現れることができると思っている。
もっともそう感じることで、皆が皆自分に助けを求めているということへの証明のように感じられるからだ。優香は無意識のうちに自分の中の夢を、何とか整合性のあるものにしようと考えているに違いなかった。
小説には、
「起承転結」
というものがあり、優香は「承」の段階までやってきていた。
――「転」をどのように描こうか?
と考えていたところで、一つ感じたのが、
――今度の登場人物が、決して助けを求めない人にしてはどうだろうか?
と考えた。
「転」という発想はそれまでとは違う、大どんでん返しのようなものを描くのだと思っていた。テーマを根本から覆す内容になったとしても、それはありえることではないだろうか。
優香は、自分が意識した人が、今までの人と同じように夢の中に登場し、自分がいつものように妖精になって、
「私はあなたを助けに来ました」
と、まるで聖母マリアにでもなったかのように告げていた。
(ここから先は小説の中の優香の話なので、第一人称は優香ということにします。あしからず)
小説の中の優香になりきって書いているので、その瞬間は、書いていて一番気持ちが盛り上がるところだった。だが、盛り上がりすぎてはいけないところでもある。あくまでも冷静になって、相手を見る。ただ、その時に相手を見下しているという意識だけはどうすることもできず、仕方のないことだと思っていた。
それなのに、
「助けに来た? って、僕はあなたにそんな助けを求めましたか?」
とその人は言った。
彼は、大学生くらいの男性で、見た目どこにでもいる青年だった。
特別に清潔感があるわけでもなく、ギラギラとしているわけでもない。かといって、何を考えているか分からないというような人でもなく、ただ一人が似合っているというだけの人だった。
そんな人が今まで優香の目に留まることはなかった。優香が気にする人は、気になるだけの理由がどこかにあった。
どこかに哀愁を感じたり、助けを求める目がいつもこちらを向いていたり、意識している人でなければ、優香の夢に出てくるはずはなかった。
それなのに夢に出てきたということは、
――意識していないつもりでも意識していたのかしら?
と感じた。
しかも、
「私はあなたを助けに来ました」
と、何の抵抗もなく口にできたのだから、これまでの人と違いが分かるほどの違和感があったわけでもないだろう。
そう思うと優香はその男性が、
――なぜ私の夢に出てきたの?