魔導士ルーファス(2)
トランスラヴ4
暗闇が白く明けていく。
白い天井だ。
目を覚ましたルーファスは辺りを見渡した。
清潔感あふれる白いシーツのベッドと仕切りのカーテン。
「(……医務室か)」
腹痛などなどで日頃からお世話になっている学院の保健室だった。
天井を見つめていた視界の中に、ヌッと男の顔が現われルーファスは悲鳴をあげる。
「ぎゃっ!?」
「具合はどうかねルーファス君?」
蒼白い顔に黒衣姿の男はこの大病院の医院長ディーだった。
「……ここクラウス魔導学院ですよね?」
当然の質問だった。
「そうだがなにか?」
「いや……どうしてここに?」
「ルーファス君が倒れたと聞けば、灼熱の太陽が降り注ぐアウロの庭砂漠にでも馳せ参ずる」
「(こなくていいし)でもここにいるなんて都合よすぎでしょ?」
「ふむ、魔導衣学の講義をして欲しいと言われてね。今日は打ち合わせで来ていたのだよ。そんな折、ルーファス君が倒れたと聞いてね。まさに運命の巡り合わせとでもいうべきか」
「(迷惑な運命だなぁ)」
ふとルーファスは気づいた。身体の汚れが綺麗さっぱり落とされ、アイロン掛けをされた自分の魔導衣を着せられていた。
「あの……シャワーと着替えはだれが?(イヤな予感)」
「私は悲しい!」
突然、ディーが声を張り上げルーファスはビクッとした。
「な、なんですか?(こんなに声を張り上げたのはじめて見た)」
「そのおぞましい身体はいったい何事だ」
ワシのような手が果実のような胸に伸びてきた。
むにゅっ。
「ひゃん」
「その甲高い声も耳障りだ。嗚呼、なんたることだ、ルーファス君にいったいなにが起きたというのだ。こんな肉塊などもぎ取ってくれる!」
「ひゃっ、あうぅぅ、あふン……ちょっと……やめて……
鬼のような形相のディーに胸を揉みくちゃにされ、吐息を漏らしながらルーファスが身悶える。
揉み方もだんだんと激しくなり、柔肉に詰めを食い込ませて、本当にもぎ取ろうとしているようだった。
「邪悪な肉体よ、滅したまえ!」
「イタッ、タタタタタッ、もういい加減にしてくだ……ひぐっ」
と、こんなあられもないシーンのところへ、保健室のドアが開いてピンクのツインテールが飛び込んできた。
「ルーちゃ〜ん!」
「はぁぁぁぁン!」
甲高いルーファスの声が木霊した。
一瞬に凍りつくビビ。
「……へ……ルーちゃんの……変態っ!」
力一杯叫ぶとビビは部屋を飛び出して行った。
「ちょっ……違うんだビビッ!」
ルーファスが声をかけるが、そこにビビの姿はもうない。
そこへビビと入れ替わりでルシがやってきた。
「倒れたって聞いたけど……なにやってるんだおまえ!」
黒衣の変態が巨乳っ娘を襲っている構図。
理由も聞かずにルシはディーに飛びかかっていた。
「彼女から離れろ!」
「邪魔しないでくれたまえ」
ディーは注射器をどこからともなく取り出し、まるでダーツのように投げた。
ビュン!
注射器の針がルシの首元をかすめ、後ろの壁に突き刺さった。
すかさずディーは次の注射器を投げようとしている。ルシも反撃しようと警棒のようなロッドを構えた。
バトル展開が繰り広げられる中、ディーの魔の手から解放されたルーファスは、息を殺して部屋からこっそり抜け出そうとしていた。
「(もうやだ……こんなことに巻き込まれてないで、早く男に戻らなくちゃ)」
そもそも、ジュースを買いに――ではなくって、パラケルススを探そうとしていたのだ。
どうにか保健室から抜け出して、廊下を見渡すとそこに山吹色の後ろ姿を発見した。今日の講義でパラケルススがあんな魔導衣を着ていた。
「パラケルスス先生!」
声をあげた瞬間、バトルをしていた二人がピタッと動きを止め、示し合わせたようにルーファスを射貫くように見た。
逃げようとしているのがバレた。
ここで立ち止まってはイケナイ!
猛ダッシュで逃げるルーファス。
豊満な胸が交互に激しく揺れる。
「パラケルスス先生!」
ガシッ!
伸した手で相手の肩を後ろから掴んだ。
そして、振り返ったパラケル……スス?
「じゃない!」
悲鳴に似た声を荒げてルーファスは目を丸くした。
ガシッ、ガシッ!
ルーファスの両肩が何者かによってつかまれた。
苦い顔をしてルーファスは左右を確認する。もちろんそこにいたのはルシとディーだ。しかもこの場には部外者の知らないオッサンまで。
ルーファスにつかまれたオッサンは不思議そうな顔で立ち尽くしている。
「どうかしましたか?」
「(人違いですって言ったほうがいいよね……)ひ、ひとさらいです、この人たち!」
「はい?」
「このふたり、あたしのこと誘拐しようとしている変態なんです!」
まさかの発言に左右の二人は唖然として、ルーファスをつかんでいた手からすっと力が抜けた。
今がチャンスだ!
「ミスト!」
呪文を唱えたルーファスの周りに霧が発生して、この場の視界を覆い隠した。
ゴン!
壁になにかを強打する音。
「いった〜い!」
可愛らしい悲鳴。もちろんルーファスだ、
ディーが黒衣でマントのように霧を払うと、瞬く間に視界が晴れた。
そして、床で尻餅をついて倒れているルーファスの姿があった。
自分で出した霧で視界が見えずに壁に激突。
狼のような瞳で二人の男が乙女(ルーファス)にじわじわと近づいてくる。
「(喰われるっ!)」
背筋が一瞬で凍りつく恐怖を感じたルーファスは腰が砕け立ち上がれない。
「大丈夫かルーファス!」
突然現われた影がルーファスを掻っ攫って、お姫様抱っこをしながら駆け出した。
見上げるとルーファスの瞳に映し出された白馬の王子様の顔。キラキラと輝くその顔は、王子様ではなく王様だった。
後ろから男二人が追ってくる。
「ルーファス君は私のモノだ!」
「彼女をどこに連れて行くつもりだ!」
クラウスは振り向きもせず走っている。その懸命な顔つきにルーファスはドキドキした。
古い友人だったが、こんなに間近で、今までと違う印象を受ける。
「(クラウスって……やっぱり王様なんだ)」
気高く気品のあふれる丹精な顔。
ルーファスを抱いていたクラウスの手と腕に力が入る。
ぎゅっとしたそのとき、ルーファスの胸もぎゅっとされてキュンとした。
後ろからまだ二人が追ってきている。
クラウスがつぶやく。
「やむを得ないか……」
いったい何をするつもりなのか?
「テレポート!」
その魔導は超高等であり、ライラよりも難しいとされ、この魔導都市アステアでも扱える者は確認されているだけでも二人。クラウス魔導学院の学院長であるクロウリー、そしてアステア王であるクラウスだ。
テレポートとはすなわち瞬間移動。これと似たものに召喚術というものがあるが、あれとは原理が異なり、テレポートのほうが高位であり危険も伴う。
クラウスも実用レベルで使用が可能だが、準備もなしに使うものではない。失敗すると、よくて死。最悪の場合は……。
作品名:魔導士ルーファス(2) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)