魔導士ルーファス(2)
トランスラヴ3
一方そのころカーシャは――。
「妾のプロテインはまだかーッ!!」
注文の品が変わっていた。
薄々わかっていたかも知れないが、じつはこの性転換は肉体のみの転換だけでは済まないようだ。
つまり、ルーファスの一連のキモイ思考や行動も、決してルーファスが変態化したわけではなく、この性転換の仕業だったのだ。
しかもどうやら、内面の変化は自然なモノというより、ちょっと振りすぎ――行きすぎてしまうようだ。
「妾の筋肉を見よ!」
両腕に力こぶをつくってマッスルポーズ。
「この美しい筋肉を見るのだーッ!(ふふっ、筋肉バカ)」
自分の筋肉に惚れ惚れしてニヤニヤするカーシャ。もう不気味すぎて勘弁して欲しい。
「この筋肉が目に入らぬかーッ!」
マッスポーズを次々と変化させながら、自称美しいボディを見せつける。
その見せつけられている相手はというと――無反応!
黙々と調合実験を続けているローゼンクロイツ。
彼、いや彼女、いや、彼……とにかくローゼンクロイツも性転換して、女体化しているハズなのだが、乙女チックに内面がなってないようだ。というより、なっていてもよくわからない。ローゼンクロイツはどんなときでも例外扱いだ。
華麗にシカトするローゼンクロイツにカーシャが迫る。ついに服を脱いでその全裸まで披露した。
ちょっとした過ちなので、カーシャの名誉のために詳細な全裸描写は控えよう。その変わり、その全裸をやっと顔を上げて見たローゼンクロイツの表情から察してみることにしよう。
無表情。
3秒後――無表情。
5秒後――無表情。
10秒後――無表情。
30秒後――無表情。
この間、瞬きもせずカーシャを見つめていた。
そして、顔を下げて黙々と調合に戻る。
この間、何十回とポージングを変えたカーシャは、相手の無反応っぷりに怒りを通り越して、ただただショック!
「(もうローゼンクロイツとは遊んでやらんも〜ん)」
傷心を背負いながら、猫背でカーシャはいそいそと服を着始めた。
と、カーシャが見ていないところで、ローゼンクロイツは一瞬ニヤリと笑った。
そして、何事もなかった空気感が流れる。
無駄な筋肉披露に飽きたカーシャはお茶を啜る。
「やはり茶に限る」
てか、飲み物あるじゃん!
しかもイチゴジュースじゃなくてもいいのかよ!
ホントもうテキトーだな!
そして、一服を終えたカーシャがビシッとマッスルポージング!
「妾の筋肉を見よーッ!」
と、結局筋肉を見せることをやめなかった。
こんな強制筋肉披露会がイヤで、ビビは教室を飛び出してルーファスを探しに行ったんだったりする。
そのころ逃走を続け、学院を飛び出していた。うっかり女体化のことを忘れ。
街中で立ち止まったルーファスは苦しそうな顔をした。
「うう、胸が重い……(引き千切れそうだし、なんだか擦れて……)」
思春期あたりで女子が急に足が遅くなったりするアレですね!
周りを見回すと、人々の視線を感じた。まるでジロジロ見られているような感覚がする。
「(みんな僕の胸を見てる気がする)」
まあ、たしかにそこに巨乳があれば見るのは当然!
もはや脊髄反射的な反応と言ってもいい。
が、女体化してしまっているという恥ずかしさで、必要以上に視線が気になっているということもある。
「(うう、恥ずかしい……)」
学院方向を見渡し、さらに逆方向も見渡す。
「(戻ろうかな、でもまた彼や知り合いに会うかもしれないし。ここにいるのもイヤだし)」
とりあえず学院に向けて歩いてみる。なるべく人と目を合わせないように、うつむきながら不安そうな顔で。
しばらく歩くと、甘味料のよい香りが漂ってきた。
ふと顔を上げると、クレープの販売馬車だ。
秋の新作クレープののぼりが風でひらひら揺れている。
瞬く間にルーファスの瞳が輝いた。
「チェックしてたのに忘れてた!」
女体化する前からスイーツ好きの一面がある。
さっそく短い列に並んでクレープを購入しようとする。
秋の新作はマロンを使ったものや、
どれにしようか迷いながら心が躍ってしまう。
注文の順番が回ってきて、口を開こうとした瞬間、横から影が割り込んできた。
「ここは俺がおごるよ」
「げっ」
思わずイヤな気持ちが声に出た。隠し事が苦手なので、思いっきり表情にも出ている。
「俺はチョコイチゴスペシャル。君は?」
「え、え〜っと(ここまで並んでいりませんとは言えないし、かと言ってここで答えたらおごられてしまう)」
男性店員がニコニコと笑っている。
ふとルーファスが振り返ると、後ろには列ができている。
「○○、いや、××、やっぱり△△!」
「じゃあ、○○と××と△△」
「え……(3つも頼まれた)」
けっきょく新作クレープを3つ頼み、しかも流されるままにおごられてしまった。
で、なんだかわからないうちに並んで街を歩いてしまっている。
ルーファスの両手にクレープ2つ、ルシの手にも2つ。
じーっとルーファスはルシのクレープを見た。
「(あのクレープを最初に食べたいんだけど)」
「俺のこと見つめてどうかした?」
すっげぇ勘違い!
シカト&気を紛らわせるため、ルーファスはクレープにがっついた。
「(美味しいけど味わえない。さっさと食べ終えて逃げよう。彼の持ってるクレープはどうしよう)」
またルーファスがじーっと見ていると、ルシが微笑んだ。
「そのクレープも美味しそうだね」
と言った唇が大きく開いて近づいてくる。
間近まで迫ったルシにドキッとしてルーファスは一歩下がる。
パクっ。
ルーファスが食べかけだったクレープを一口。
顔を離したルシは、唇の端についたクリームをぺろりと舐め取って、ニッコリと微笑んだ。
「美味しいね」
瞳を丸くしてルーファスは地面に足を引きずりながらどんどん後退る。
ルーファスの脳内でエコーするフレーズ。
――関節キス、関節キス、関節キス、関節キッス♪
「ひゃ〜ん!」
不気味な声をあげて、顔を真っ赤にしたルーファスが逃げ出す。
「(もう耐えられない……居ても立っても居られない、穴があったら生き埋めになって死んでしまいたい)」
ズボッ!
忽然とルーファスの姿が消えた。
「いたたた……」
ルーファスが見上げる青空が広がっていた。
穴だ、工事通の穴に落ちたのだ。
どこからか声が聞こえる。
「オーライ、オーライ!」
なにかを誘導するかけ声だ。
穴の仲で立ち上がったルーファスは、壁に手を掛けた。
「(微妙に高い、登れるかな)すみませ〜ん、だれか……イッ!?」
言葉を詰まらせて眼を剥いた瞬間、空から生コンクリートが振ってきた。
「ぎゃぁぁぁっ!」
埋もれるルーファス。
「死ぬ、死んじゃう!」
望みが叶ったじゃないかルーファス!
もう目も開けられない。口を開くとこもできない。ただ必死にもがきながら、手を高く地上へと伸した。
「つかまれ!」
だれかの声。
生コンからかろうじて出ていたルーファスの手をだれかがつかんだ。
ルーファスの腕が引っ張られるが、まったく持ち上がらない。
「大変だべ、だれか埋まっちょる」
作品名:魔導士ルーファス(2) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)