魔導士ルーファス(2)
リファリスだった。まだ沈んだのが自分の弟だと気づいていない。
埠頭に目をやったリファリスは気を失って横たわっているセツに気づいた。
「あの子はたしか……そんなまさかねぇ?」
イヤな予感がする。
リファリスの背後で図太い男の声がした。
「姐さん、クソッタレは見つかりましたかい?」
「それが……ひとりはそこで、もうひとりは河に沈んだっぽいんだけど……もしかしたら、わっちの愚弟だったかも、なんてなっ!」
「そりゃ大変ですぜ、今すぐおいどんが!」
目をつぶりながら、静かに落ちていく感覚に包まれた。
「(もう死ぬんだ。あはは、ツイてない人生だったな。セツは助かったかな。ローゼンクロイツに借りたゲーム返してないや。カーシャには酷い目に遭わされっぱなしだたけど、あのひとはあれはあれで……やっぱり酷いひとだったなぁ、あはは。クラウスは今以上に立派な王様になって欲しいな。そうだ、ビビとなんか約束してた気がするけど、なんだったっけな。僕が死んだら母さんもローザ姉さんも悲しむだろうなぁ。リファリス姐さんには怒られそうだ)」
まさかそのリファリスに沈められたとはルーファスは夢にも思っていない。
「(父さんは……どんな反応するんだろう)」
ルーファスは瞳を開けた。最後に光が見たかった。水面の光はまだ見えるだろうか?
「(寂しいな。天国ってどんなところだろう。みんなが来るのはだいぶ先だろうからなぁ、ともだちできるかな……やだな、死にたくないな)」
水面の光が揺れていた。
「(ん?)」
少し驚くルーファス。
人影らしきものがグングンと潜って近づいてくる。
「ゴボボボボッボッ!?(魚人!?)」
残る空気を全部吐き出してルーファスは眼を剥いた。
筋肉モリモリでヒゲモジャのほぼ全裸のおっさんが、赤いふんどしをなびかせて泳いでくる。
逞しき漁夫の姿がそこにはあった!
というのが、ルーファスが目に焼き付けた最後の光景だった。
病室のドアがババ〜ンと開けられた。
「お見舞いにきたよぉ〜ん♪」
ピンクのフリフリツインテールが凍りつくように止まった。
ベッドに横たわる患者に顔を近づけ妖しげな行動をしている人影。
ビビは力なく手に持っていたお見舞いの定番高級フルーツのピンクボムを床に落とした。
黒衣の医師が気を失っている患者にキスする寸前だった!
男が男にキスしようとしてたのだっ!
ビビが叫びながら部屋を出て行く。
「へんたーい!」
その声が届いたのか、ルーファスが目を覚ました。
「ぎゃあああああっ!」
いきなり目の前にあった妖しげな色香を放つディー院長に驚いた。
さっと顔を離したディーは舌打ちをする。
「チッ」
未遂だ。未遂でよかった。
ルーファスの脳裏になにかモヤのかかった光景がフラッシュバックする。
そこへ新たな見舞い人が尋ねてきた。
「よぉ、ルーファス元気にしてるかい?」
リファリスだった。その背後からクマのような男が顔を見せた。
イエス、ふんどし!
「ぎゃああああああっ!」
ルーファスの叫び声が病室に木霊した。
かかっていた頭のモヤが一気に晴れた。
「僕は……(覚えてる、覚えてる、朦朧とする意識の中で魚人に濃厚なキスをされたのを……)うぇええええっ」
吐き気がして、自分の身体をブルブル震わせながら抱きしめた。
「ルーファス……はぁはぁ……様、だいじょうぶですか!」
息を切らせながら、よろめくセツがドアにもたれながら姿を現した。
見る見るうちにルーファスの顔色がよくなり晴れていく。
「セツ!」
思わずルーファスが両手を広げていた。
駆け寄ったセツがルーファスに抱きつく寸前、ディーが首根っこを掴んで制止させた。
「ルーファス君は絶対安静だ。それに君も患者なら患者らしくベッドで安静にしてくれたまえ。休んでいられないというなら、強制的に休めるようにベッドに縛り付けておくしかないな」
氷のように冷たい言葉。マジでやる気だ。
セツは笑った。
「それで構いません」
と前置いて、ルーファスに抱きついた。
「ありがとうございましたルーファス様! あなたに救われたこの命、もはや身も心もルーファス様のものです!」
それを聞いたルーファス――の傍らに立っていたディーが口を半開きにした。
ハッと我に返るディー。
「ルーファス君とはどのような関係なのだね! 返答によっては緊急オペを行うぞ!」
「妻です!」
セツはキッパリと答えた。
荒れる病室。
そのようすをこっそりのぞき見していた影が去る。寂しげにツインテールを揺らしながら。
病室からは廊下には、セツの明るさと自信にあふれた笑い声が、いつまでも木霊していたのだった。
第17話_目覚めのキスは新たな予感 おしまい
作品名:魔導士ルーファス(2) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)