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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導士ルーファス(2)

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目覚めのキスは新たな予感3


 ルーファスを追っている猛者どもが、ポップコーンが弾けるように、次々と宙へ跳ね飛ばされていく。
 なにかが、なにかが猛スピードで群衆を撥ね除け、嵐のごとくやってくる。
 それは馬だ。暴れ馬だった。白く輝く美しい白馬だった。
 その光景を見たルーファスは思わず唖然とした。
「……え(ローゼンクロイツ?)」
 白馬に乗るローゼンクロイツの姿。
 乗るっていうのは跨るっていう意味ではない。暴れ馬をサーフボードのように、2本脚で立って乗っかっているのだ。超人的なバランス感覚である。
 これだけでも衝撃的な光景であるが、異様なものがもう一点あった。
 なんとローゼンクロイツは暴れ馬の上で納豆をかき混ぜていたのだ!
 もはや意味がわからない。電波な住人のローゼンクロイツに意味なんてもとめちゃイケナイのかもしれない。さすがのルーファスも長い付き合いながら理解に苦しんだ。
「(どういう状況でそうなる?)」
 いくら考えてもわかりません。
 ローゼンクロイツは遠い目をしている。ルーファスのことなんか目に入っていないようすで、追ってきたわけでもないらしい。つまり通りすがりの暴れ馬に乗るひとってことだね!
 相手はただの通りすがりなのでスルーしとけばいいものを、ルーファスは声をかけずにはいられなかった。
「ローゼンクロイツ!」
「ふに(にゃ?)」
 ローゼンクロイツと目が合ったと同時に、ルーファスは馬とも目が合っていた。
 暴れ馬が突進してくる!
 ズドーン!
 ルーファスを跳ね飛ばして暴れ馬が去っていく。パカラッ、パカラッ!
 地面に這いつくばって息絶え絶えのルーファスの元へ空色ドレスの影が近づいてくる。
「そんなところで寝ていると風邪をひくよ(ふにふに)」
 いつの間にかローゼンクロイツは暴れ馬から飛び降りていたのだ。しかも、納豆を1粒も溢さず、かき混ぜ続けている。
「ね……寝てるんじゃ……なくて……暴れ馬に……ぐふ」
「ちょっと擦っただけなのに大げさだよ(ふあふあ)」
「えっ……ホントだ、ぜんぜん痛くないや」
 体を確かめルーファスは立ち上がった。ケガはまったくないようだ。服が少し破けて汚れたくらいで済んでいた。
 そこへやっとセツが追いついてきた。
「どうなさったのですかルーファス様!」
「べつにたいしたことないよ、ちょっと転んだだけ(げ……追いつかれた)」
 内心では隙を狙って逃げようとしている。
 チラッとローゼンクロイツはセツを見て目が合った。
「ルーファスの知り合いかい?(ふにふに)」
「わたくしのことお忘れですか!?」
「覚えてない(ふにぃ)」
 他人を覚えるのが苦手なので仕方ない。いつも通りの反応だ。けれど、その少し前にローゼンクロイツは普段と違う反応を示していた。
 ルーファスはそぉ〜と片足を下げた。それにすぐさま気づいて鋭い視線を向けるセツ。
「もう逃がしません。絶対にルーファス様をワコクに連れて帰ります。逆らうというなら、爆弾をポンとさせます」
 ポンとされたら大変だ……たぶん。ポンだけにポント大変に違いない!
 ジト目で見ているローゼンクロイツ。こっちじゃない、あっちだ、セツのことをだ。
「旅行に行くのかい、ルーファス?(ふにふに)」
「そうじゃないよ、セツにさらわれそうになってるんだよ。誘拐だよ誘拐、ワコクなんか行きたくないよ」
「そうだね、引きこもり体質のルーファスには海外無理(ふにふに)。ワコクは納豆が美味しいらしいから、おみやげはそれでいいよ(ふあふあ)」
 他人の話を聞いていないのはデフォルトとして、自分の会話も前後で脈絡が合っていない。
 セツの鼻を刺激する独特の腐った臭い。腐ったというと怒られるので、独特の発酵した臭いが漂ってきた。
「まさか異国で納豆に出会えるとは驚きです!」
 未だにローゼンクロイツはコネコネしていた。
「わたくしは納豆が大好物で、朝は必ず納豆と決めています。もちろんルーファス様とひとつ屋根の下で暮らすことになったら、お召し上がりになってもらいます」
「納豆キライなんだけど……」
 リアルでイヤそうな顔をしてルーファスがつぶやいた。
 が〜ん!
 セツショック!
「納豆を否定するのは、わたくしを否定するも同じ。しかし、納豆はわたくしのほんの一部でしかありません。ワコクにはまだまだ素晴らしいものがあります」
 気を取り直して、ビシッとバシッとルーファスを指差しセツが早口でしゃべる。
「王都アステアでも人気の和菓子店ももや本店はワコクにあります。たしかにここで食べる和菓子も美味ですが、本店で食べる和菓子の数々は此の世の至極ともいうべきもの。中でも本店でしか売っていない限定スイーツの本家特製ももどら焼きは、女子校生たちの間で大人気。ティーンエージャーの雑誌で何度も取り上げられるこれを食べなきゃスイーツ好きは語れない定番中の定番。食べてみたいとは思いませんか、ルーファス様ッ!!」
「ぜひ、食べたいですッ!」
 なぜかセツの気合いに押されて、ルーファスも熱がこもった返事をしてしまった。
「では、ぜひともワコクにお出でください」
 サラッとニコッとセツは言った。
「行……行かないよ!」
 サラッと乗せられて『行く』と言いそうになったがセーフ。
 王都のスイーツは食べ尽くしている隠れスイーツ男子のルーファスとして、心が揺さぶられるセツの話であったが、そんな甘い罠で結婚させられてはたまったもんじゃない。
 スイーツだけに甘い罠。
 ジト目で見ているローゼンクロイツ。こっちじゃない、あっちだ、セツのことをだ。
「ふ〜ん(ふにふに)。で、ルーファスはおみやげを買ってちゃんと帰ってくるんだよね?(ふあふあ)」
「だから僕はワコクなんか行かないし、だからおみやげも無理だし」
「でも彼女はルーファスを絶対に連れて行くってオーラを発してるけどね(ふあふあ)」
 納豆が糸を引いた!
 その糸は切れない。ローゼンクロイツの魔力が込められ、妖糸[ようし]と化したのだ。これは構えの体勢であった。
 変化にセツも気づいていた。
「ルーファス様を守ろうというのですか、なぜ?」
 そうだ、ローゼンクロイツはルーファスを背にしている。
 ちょっぴりルーファス感動。
「さすがローゼンクロイツ。僕たちやっぱり友だちだよね、うんうん」
「道に迷って家に帰れないから、ルーファスに送ってもらわないと困る(ふにふに)。だからルーファスをワコクには行かせられない(ふあふあ)」
「……そうですよねー、友だちなら家まで送ってあげるの当然ですよねー、あはは(カーナビ体に埋め込め)」
 ルーファス空笑い。
 友情で助けてくれるのかと思ったら、道に迷って帰れないからカーナビをルーファスにやれってことだ。カレーのルー(甘口)を買ってこいというのよりはマシだが。
 真剣な眼差しでセツはローゼンクロイツの背に隠れるルーファスを見つめた。
「わたくしと来ませんか? ルーファス様の周りにはこんな方々ばかりです。わたくしならルーファス様に一生、身も心も尽くします」
 ちょっとローゼンクロイツの肩からルーファスが顔を出した。
「こんなって?」
「短い間ですが、ずっと見てきました。ルーファス様と取り巻く環境を――」