魔導士ルーファス(2)
つまりストーカーしてましたったことだ。
セツは話を続ける。
「カーシャさんはあからさまにルーファス様を遊び道具としか見ておらず、いつも酷いことをしてきます。義理の姉のリファリスお姉様もルーファス様を家では召し使いのように顎で使っていますし」
「義理じゃないからね、そこ重要だからね」
「学園でルーファス様の話を聞くと、ドジ、マヌケ、へっぽこ、おまえの母ちゃんでべそ、とみな口々に言っていました」
「母はでべそじゃないから(本当は覚えてないけど)」
「ビビにだって、振り回されたり、たかられて驕らせたり、ルーファス様をいいように使ってるだけなのです」
この話を聞いてルーファスは静かに瞳を閉じた。なにも言い返さない。
そして、ローゼンクロイツは納豆に隠し持っていた七味唐辛子を振りかけた。
思わずセツの気が削がれ、納豆七味唐辛子に視線が向いてしまった。
「納豆に七味なんて邪道です。香辛料はからしに決まっています!」
七味を納豆に入れて食べるというのはけっこうある話だが、問題はその量だった。
見る見るうちに七味唐辛子のビンが空になっていく。聳え立つ燃えるような赤い山。ひとビン丸々かけやがった。
「は、はくしゅん!(ふにゅ)」
なんていか、つまりのところ、七味唐辛子が鼻にキタらしい。かけ過ぎなのだ。
ぴょんとローゼンクロイツの頭から飛び出たネコ耳。いつものパターンである。そして、本日のビックリどっきり魔法は――。
ローゼンクロイツの身体から、花粉が吹雪くように飛び出したねこしゃんたち!
縦横無尽に暴れ回り、街中がパニックに陥る。
ねこしゃん大行進だ!
そんな中、ルーファスはとっくに逃げていた。ローゼンクロイツがくしゃみをしたら逃げる。もはや脊髄反射的な行動である。が、ルーファスは長年の付き合いなのにたびたび逃げ遅れて巻き込まれたりする。
今回は運良く逃げられたルーファスだったが、その要因が大事件だった。
なんとなぜかルーファスは白馬にまたがっていたのだ。
「ぎゃああああっ、だれかとめて! うわぁっ、ごめんなさあい道を開けてください!!」
暴れ馬再び。
ルーファスはロデオマシーンに乗った勢いで、振り落とされまいと滝汗を流して必死だ。ダイエットに効果的だねっ♪
なんてお茶目に言える状況ではなかった。
ハッキリ言って、振り落とされたら大ケガ間違いなし!
「とまっててばばばば!」
夢中のルーファスは無意識のうちに馬の胴体をバシンと平手打ちした。
ヒヒーン!
暴れ馬がいなないた次の瞬間、なんと馬に白鳥の翼が生えたではないかっ!?
「ペ……ペガサス!?」
イエス、ペガサス!!
翼をはためかせ、天に舞い上がるペガサス。
あっという間に、ルーファスの視界から見る地面のようすは、人影だが米粒くらいになっていた。
今落ちたら死亡だねっ♪
「だめだって、高いの苦手なんだよ!(去年の校外学習で塔の上からカーシャに突き落とされそうになってからトラウマなんだ)」
こんな状況のときに限って、ヤル気を出しちゃうペガサス。宙返りをしてグルンとキメやがった。アクロバットなファンタジーだ――ルーファスが。
だって、この馬手綱もないんだぜッ!
なかなか落ちないルーファス。
(空飛ぶ魔法空飛ぶ魔法!)
空を飛ぶ魔法はいくつかあるが、ルーファスの属性である風を使う魔法での飛行は、かなりコントロールが難しくバランスを崩しやすい。こんな恐怖に彩られた真っ青な顔をしたルーファスの精神状態ではムリだ。てか、通常時でもルーファスは空を飛べない。
2回転、3回転、4回転、高速5回転宙返り!
「うぇぇぇぇっ」
吐き気を催した瞬間、思わず抱きついていた馬の首から手を離してしまった。
慌ててたてがみを掴むが、暴れ馬は痛みでさらに大暴れ。首を縦横無尽に振り回し、反動でルーファスはついに振り落とされてしまった。
「ぎゃああああああぁぁぁぁぁ〜〜〜」
ルーファスの声が落ちて小さくなっていく。
さよならルーファス。
地面に向かって死のダーイビング!
――じゃない!?
「水っ!?」
ルーファスの瞳に映る水。それは海のように大きいが違う。大河だ、王都アステアを流れるシーマス運河だった。
これで助かるかもっていう甘い考えはルーファスにはなかった。案外、ここまで危機的状況だとスッと冷静だった。
「(この高さと速度で水に衝突したら……)」
速度と重量があればあるほど、ぶつかった衝撃は大きくなる。つまり、見た目は水でも、ぶつかったときの硬度は石ってことだ。
「なんか魔法を!」
この危機を脱する魔法はいくらでもあるだろう。が、冷静っぽく見えてもやっぱり焦って脳は必要以上に高速回転で情報が取り出せない。脳が回るたびに、びゅんびゅん情報が飛んで行ってしまってる状況だ。
もうダメだ!
ルーファスは水面まで顔を出していたお魚さんと目が合った。
ぶつかる!!
風が吹く。
まるでその風は羽布団のように、ルーファスをふわっと乗せ、宙に浮かばせたまま、一隻の小舟まで運んだ。
手こぎボートの上に仁王立ちして鉄扇を構えているセツ。その鉄扇が起こした風であることは言うまでもない。
風から落ちたルーファスをセツがポトンとお姫様抱っこで受け止めた。女の子なのに以外というか、やっぱり力持ち。キレたときのセツを考えると、その腕力もあってもおかしくないとうなずける。
「お帰りなさいませルーファス様」
ニコッと笑顔。
「た、ただいま(助かったのはいいけど、また振り出しに戻る)」
ルーファスは苦笑した。
見つめ合う2人。
このときの心を覗いてみよう。
「(嗚呼、ルーファス様)」
それしか頭にないセツ。
「(早く降ろしてくれないかな?)」
という目をしているルーファス。
掛け違う2人の視線だが、結果として見つめ合う状況になっている。
しばらくその状態が続き、やっとルーファスが口を開く。
「降ろしてくれないかな?」
「わたくしなら平気です」
「僕が平気じゃないから、早く降ろして」
「どうしてもですか?」
「どうしてもお願いします」
「そんな瞳で見つめられたら断れないではありませんか」
べつにどーって目をしているわけではなかった。ただただルーファスは降ろして欲しいだけだ。
仕方なくセツはルーファスを降ろした。小舟が少し揺れる。
大河の真上に浮かぶ一隻の小舟で二人っきり。
逃げようと思えば泳いで――
「(いけないよね)」
と、ルーファスは溜め息を吐いた。ちなみにルーファスは泳ぎが得意ではない。この王都アステアは海には面していないが、大河あるので幼いころから泳いで遊んで育つので、住民の多くは泳げる。
河の流れに沿っていくと、このまま飛空場に辿り着きそうだ。
不安を覚えながらルーファスはセツに横目をやった。和服のところどころが破れていることに気づく。煤や灰などの汚れも目立っていた。
「大丈夫?(あのあとローゼンクロイツに巻き込まれて大変だったんだろうな)」
「なにがでしょうか?」
「服が……あっ、手見せて!」
ルーファスはセツの手を取った。その手の甲についた軽い火傷の痕。
「ご心配はなさらずに!」
作品名:魔導士ルーファス(2) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)