魔導士ルーファス(2)
誰かが叫んだことでさらに辺りは混乱状態が激化してしまった。
さらに最悪なことに、ジアリルスルフィドは可燃性があり、引火点が46度だったりする。気温が46度まで上がるなんてことは、アステア市中ではありえないことだが、たとえばちょっとした摩擦熱とか――。
巨大なボディのタマネギさんが放出した液体は、放水したように道路に水溜まりを描いた。ちょうどそこへブレーキをかけた自転車がやってきて、車輪が水溜まりに突っ込んで炎上。
火花が飛び散って、瞬く間に次々と炎上していった。
「(今夜はカレーじゃなくてバーベキューだな、ふふ)」
なんてカーシャさんは呑気なことを考えてる場合ではない。もうけっこう大惨事である。
だが、この程度の炎など、氷の魔導に長けたカーシャにかかれば、ちょちょいのちょいだ。
しかし、セツのほうが迅速に動いていた。
「(芭蕉扇でひと扇ぎすれば)烈風!」
大きく扇がれた鉄扇から凄まじい風が放たれ、炎を一瞬にして掻き消してしまった。
人々から歓声が上がる。セツに浴びせられる讃辞の声。人だかりがセツを取り囲んで褒め称えたのだった。
照れ笑いを浮かべるセツ。
「いえいえ、当然のことをしたまでです」
なんて対応をしながら、セツはふと気づく。
「あれ?」
マジックハンドの先にルーファスがいない。
「逃げとるやないけ!」
ゴリラフェイスで怒鳴り散らしたセツの周りから、サーッと観衆が引いていく。
周りから人がいなくなり、カーシャの姿も消えていた。とっくにカーシャも逃げていた。残されたのは焼けたタマネギとニンジン。
このあと、タマネギとニンジンは地域住民が美味しくいただきました。食べ物を粗末にしちゃダメ!
セツの隙を見て逃げ出していたルーファスは、とにかく東に逃げていた。東には空港がある。つまり逆を突いたルーファスなりの作戦だった。
しかし、魚屋さんの曲がったところで、セツが立ちはだかったのだ!
「お待ちしておりました、ルーファス様」
待っていた?
「(完璧な作戦だと思ったのに)どうしてここに?」
とルーファスが尋ねると、セツはニッコリ笑って受信機を取り出した。
「発信器を頼りに」
ちょーストーカーッ!
慌ててルーファスは体中を手探りで発信器を探したが、まったくもって見つからない。
「いったいどこに……?」
「メイドインワコクの発信器は針の先ほどしかありません。肉眼で見つけるのは不可能だと思います」
「見えなくても、体になんかついてると思うと気になるよ」
「では、わかりました。ワコクに来てくださると約束して――」
「イヤです」
先読みして即答。
「まだ最後まで言ってませんが?」
「約束したら発信器を外してくれるんでしょう?」
「いえ、結婚式を挙げましょうと言おうとしたのです」
「そっちの話っ!?(発信器の話はいつの間にか終了?)」
セツビジョンは広がり続ける。
「急な式なので、親族のみのこぢんまりしたものでよいと思います。しかし、式はワコクの伝統に則って神前式でお願いします」
「いやいやいやいや、式とか挙げないから」
「新婚旅行は海が綺麗な南アトラス大陸のメスト地方で、美味しい海鮮料理を食べて、夜は浜辺で星を眺めながら、君のほうが綺麗だよ……なんて言われてしもうたら、ウチ、もぉ……」
「(言わないよ、絶対)」
頬を赤くしてモジモジするセツを冷めた表情でジトっと見つめるルーファス。
さてと、セツが妄想に浸っている間にルーファスは、そぉ〜っと逃げようとした。
「そういうわけでルーファス様!」
と思ったら、いきなり話しかけられた。
「うわっ、現実に帰還した!」
叫びながら後退って、つまずいたルーファスは尻餅をついてしまった。
ルーファスが立ち上がる前に、セツがジリジリと距離を詰めてくる。
「この方法だけは使いたくなかったのですが……」
「強硬手段なら拉致の時点でそーとーだと思うけど、それ以上のこと?」
「じつは……」
「じつは……?」
「爆弾型発信器をルーファス様の体に埋め込んだのです!!」
「エエェーーーッ!?」
ルーファスの叫びに周りの通行人たちが反応して、こっちのほうを見はじめた。
震える腕を掲げるセツの手には受信機型送信機。
発信器とか、受信機とか、送信機とか、なにがなんだか混沌としてきた。とにかく重要なのは、ルーファスの体に爆弾が埋め込まれているということだ。
「ぼ、僕の体に爆弾だって!?」
「はい、この起爆スイッチを押せば、ポンとなります」
「……ポン?」
「はい、ポンです」
「(なんかポンってあんまり爆発力強そうじゃないけど、体の中っていうし、もしも爆発したら絶対に痛いよ、ヤダよ)」
ポンの擬音では威力がイマイチわからないが、爆弾は爆弾である。
そんな爆弾発言を聞いた通行人たちのひとりが叫ぶ。
「爆弾テロだ!」
いきないこんな発言を聞いても、多くの人はなんのこっちゃとポカ〜ンとしてしまうが、次に叫び声があがった瞬間、辺りは一気に騒然となった。
「きゃーっ!」
「助けてーっ!」
叫んだの女性だ。甲高い叫び声というのは、恐怖心を煽るには最適だ。叫びが風に乗ると同時に、恐怖も伝播していった。
そして、爆弾騒ぎの伝言ゲームは巡り廻ってこうなった。
「あのひと痴漢よーっ!」
中年オバサンが叫びながら指を差したのは、もちろん我らがルーファス!
「え……僕?」
伝言ゲームとはかくも怖ろしいものだ。どこでどう間違って爆弾テロが痴漢になったのか?
とにかく痴漢犯にされたルーファスへの視線は冷たい。マゾには堪らないほどの尖った氷のような女たちの視線が浴びせられる。
そして、女の敵となった副賞と男の敵にも認定された。被害者が若い娘とならば、なおさら男どもは張り切る。良いとこ見せたがりの精神だ。
とにかく逃げようとするルーファス。それを追おうとする被害者セツ。
「あのひとを捕まえてください!」
この発言が一連の勘違いに拍車を掛けた。
ギラついた眼をした猛者どもがルーファスを追っかけてきた。
ダッシュしながら後ろを確認するルーファス。
「ぎゃーっ!(なにあの先頭走ってるひとっ!?)」
先頭グループから抜きん出て痴漢を追っているのは魚屋のオヤジだった。
しかも裸にエプロン!
オヤジは裸にエプロンと聞いて、かなりエグイものを想像した諸君もいるかもしれないが、そこまでひどいものではない。
小麦色に焼けた筋肉モリモリの上半身が油でベトベトに輝いていて、首からかけるタイプのビニール製の前掛けをしてるってだけだ。裸なのは上半身なだけで、下半身はちゃんと赤ふんを装着しているのでなんら問題はない。手にはモリを持っているような気もするが、アレはモリではないので大丈夫、どう見てもモリではなく魚類だ。魚屋が魚を持っていてもなんら問題はない。
魚屋のオヤジが魚を投げた!
まるでそれはヤリのようにルーファスの脚に刺さりそうになった。
ルーファスジャーンプ!
ヤリ……じゃなかった、魚はルーファスの股の間の法衣を裾を貫通して穴を開けた。
冷や汗を流すルーファス。
「(食べたら美味しいのに、刺さったら死ぬ)」
作品名:魔導士ルーファス(2) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)