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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導士ルーファス(2)

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「この姿を見てもわからぬのか? ヴァルバッサの名を出してもわからぬのか? この竜殺しの略奪者めっ!」
「いや、一目でわかっていた。老竜ヴァルバッサの面影がある。ヴァルバッサを殺したのを俺だ、しかしそれには訳が……」
「聞く耳など持たぬ!」
 地竜は毒液を口からまき散らした。
 すぐに飛び退いたハガネス。その目の前で炎の柱が上がった。毒液が気化して火がついたのだ。
 気がつけば辺りは火の海だ。
 地竜の狙いはハガネスだ。だが、周りが巻き添えを食うのは時間の問題。決着を早急につけなくては!
 爆風を起こしたセツの鉄扇が炎を掻き消す。
 その風は追い風となるか?
 ハガネスは長剣で地竜に斬りかかる。巨大な地竜を前にしては、長剣など縫い針に過ぎない。さらに地竜の皮膚はまるで硬い装甲に守られるように、針の一本も通さぬのだ。
 長剣では歯が立たない!
 剣が刺さるとすれば、眼や口腔などだろうが、易々とそれを許すとは思えない。
 地竜の長い尻尾が鞭のようにしなった。
 まるでそれは自分の皮膚に止まった蚊を叩くように、長い尾はハガネスを叩きつけた。
「ぐっ!」
 金属の鎧が変形した。ハガネスは体に食い込む鎧をすぐさま脱ぎ捨てた。これで身を守る物はない。次は確実に死ぬ。
 見守る戦士たちがざわめき立つ。
 ――なぜ、背中の大剣を抜かない?
 ハガネスはルーファスに語った。抜けないのだと。
 地面に血が落ちる。
 鎧を脱ごうが脱がまいが、どちらにせよハガネスは長くない。
 セツが鉄扇を構えた。
「もう見ていられません!」
 地竜に向かっていこうとするセツをルーファスが止める。
「待って無謀だよ!」
「それはわかっています。しかし、目の前でひとが死ぬのを黙って見ていろというのですか!」
「…………(僕だって!)」
 しかし、あまりにも無謀な戦いなのだ。
 それでもセツはルーファスの制止を振り切って地竜に挑み掛かった。
「愚かな」
 地竜は蔑むような瞳でセツを見下し、鋭い爪を振り下ろした。
 眼を見開くセツ――避けられない!
 ズォォォォォン!!
 巨大な手が大地を割った。
 次の瞬間だった!
 轟音と共に爆発が巻き起こり地竜が煙の中に消えた。
 客席に並ぶ魔法連隊。王宮の魔導士たちだ。
 セツは!?
「ありがとうございました」
 無事だった。
 セツを抱きかかえているのはクラウス。
「ひとりのために、多くの者が命を賭ける……人間なんてそんなものさ。観客の避難はすでに済んだ、残った者は覚悟がある者だけだろう(王宮の兵も志願者のみだ)。思う存分、戦えばいい。僕は僕の意思で守りたいものを守る」
 戦乱が幕を開けた。
 飛び交う魔法。
 刃が風を斬る。
 人々の懸命な攻撃も地竜にはかすり傷程度だった。
 圧倒的なドラゴンの力の前に、戦士たちがひとり、またひとりと倒れていく。
 世界が揺れた。
 地竜の咆哮。
 毒液がまき散らかされ、大地に亀裂が走る。
 叫び声がそこら中からあがった。
 攻撃などしていられない。守りに徹するだけで人々は精一杯だ。
「ああっ!」
 叫んだルーファス。亀裂に落ちた!
 伸びる手。
「つかまれ!」
 男の叫び。ハガネスだ。
 がっしりとつかまれた互いの手。ハガネスがルーファスを亀裂から引き上げている最中だった。
 ――ルーファスの顔に血の珠が落ちた。
 二人の体が浮いた。地竜に噛み付かれたハガネスが持ち上げられたのだ。
 ハガネスに噛み付きながら首を振る地竜。ルーファスの体も大きく振られ、今手を離せば大きく飛ばされ地面に叩きつけられる。
「ハガネス! 離して、すぐに離すんだ!」
 振り子となったルーファスの比重が加わり、ハガネスの体に牙が食い込んでいく。じわじわと、じわじわと……。
 地竜の眼が笑った。
 あっさりと地竜はハガネスから口を離した。
 大きく放り出される二人の体は、地面に激しく叩きつけられた。
 ルーファスは無傷だった。
 だが、ハガネスは……。
「ハガネス! ハガネス! 僕のことなんかかばわなくても! 生きてるんだろ、返事してよ!」
 ぐったりとして動かないハガネス。
 ルーファスの目つきが変わった。絶望と憎しみを宿した鋭い眼。
「くそぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 形振り構わずルーファスが地竜に飛び掛かった。
 あまりにも無力。
 あまりにも虚しい。
 あまりにも呆気なくルーファスの体を叩き飛ばした巨大な爪。
「ルーちゃん!」&「ルーファス様!」
 二人の声は絶叫だった。
 ハガネスの真横に落ちたルーファスは、眼を開けたまま動かない。傷はハガネスよりも深い。死はすぐそこに迫っていた。
「俺は……俺は……お前のことを守りたかった……なのに、なのに……うおぉぉぉぉっ!!」
 怒りに我を忘れたハガネスは無意識のうちに背中の大剣に手を伸ばしていた。
 伝説の宝剣ヴァルバッサブレードが――抜かれた。
 世界を覆い尽くす暗い雲。
 雷鳴と共に大地が泣き叫んだ。
 コロシアムの壁にも次々とひびが走る。
 高く舞い上がったハガネスが、大きく振り上げた大剣を地竜の眉間に叩き落とす刹那!
「待て!」
 覆面剣士がハガネスの地竜の間に入った。
 そして……。

 目を開けたルーファス。
 次の瞬間、セツが抱きついて来て二人はベッドの上で大きく跳ねた。
「ルーファス様!」
「いたたたた……ちょっと離れてよ」
 さらにビビまで抱きついてきた。
「ルーちゃん!」
「ビビまで……なに、どうしたの!?」
 状況が把握できなかった。
 多く並べられているベッド。病院とは少し違うらしい。横になっているのは、ほとんど屈強な男たちだ。
「コロシアムの医務室です」
 と、セツが説明した。
 ルーファスの脳裏に気を失う寸前のことが、叩きつけられるように思い出された。
「そうだ、ドラゴンは? ハガネスは大丈夫なの!」
 心配で胸がはち切れんばかりのルーファ。
 顔を向けられたビビは顔を下に向け、つぶやくように静かに言う。
「……ハガネスは……逃げた」
「は?」
 唖然とするルーファス。
「どういうこと?」
 と、ルーファスはセツにも顔を向けたが、
「わたくしはよく知らないんです」
 逃げたとはいったい?
 ビビが悪戯そうな笑みを浮かべ、ルーファスにそっと耳打ちをする。
「本人の意思に反して伝説がまた増えちゃって、居づらくなったからこの地を離れるって。ルーちゃんによろしくって言ってたよ」
「伝説って?」
 ビビはルーファスの耳から離れた。
「ついにあの大剣を抜いたんだよ。それからなにがあったのか、なんかみんなよくわからないんだけど、とにかくすごい光に包まれた、気づいたらドラゴンもいなくなってて」
「……どーゆーこと?」
「だからさっぱり」
「そういえば、僕のケガは?」
「それもさっぱりなぜだか」
 そして、全部ハガネスに押しつけられた。
 すべてハガネスのお陰だと。

 雪の積もる霊山。
 グラーシュ山脈の山頂に地竜はいた。
「なぜ邪魔をした?」
 その横には覆面剣士の姿。
「この国の守護者ですもの、当然よっ」
 女のような声。いや、女と言うより……。
 覆面剣士の体が光に包まれ、姿が徐々に変化していく。