魔導士ルーファス(2)
「ご、ごめんなさい、えっと、あの、そうだシールを僕のシールをお渡ししますから暴力を振るわないでぇ!」
「てめぇみてえなヤロウはただじゃおかねえ!」
剣が振り下ろされる。
「痛いのイヤだってば!」
咄嗟にルーファスは近くにあった棒のような物を拾って振った。
放たれた圧縮された空気の塊。
スネ毛男がツバを飛ばしながら後方にぶっ飛んだ。
…………。
しばらくルーファス休止。
そして、気づいた。
「ご、ごめんなさい痛かったですかすみません!」
倒れているスネ毛男に駆け寄るルーファス。その手にはあの女魔導士が使っていたロッドが握られていた。
「あれ……もしかして勝っちゃった?」
まさかのルーファス勝利!
スネ毛男のシールを奪い、さらにスネ毛男が倒した爪男のシールももらう。これで7ポイントだ。
「やったー!」
子供のように飛び跳ねて大喜びするルーファス。
「生きてきて良かった、僕にもこんな輝ける瞬間があるなんて、母さん生んでくれて感謝します!」
喜ぶあまりルーファスは周りが見ていなかった。少しでも周りが見えていれば、2メティート(2.4メートル)もある大男が斧を持って突進してきたのに気づけたはずだ。
「ルーファス様危ない!」
セツの叫びでルーファスはやっと気づいた。
巨大な斧が横降りにされ、ルーファスの胴体を真っ二つに割ろうとしている。実際は割れないが、喰らったらゲロくらいは吐きそうだ。
しかし、なかなか斧は近づいてこない。まるでスローモーション。いわゆる走馬燈がルーファスの頭を駆け巡っていた。
幼稚園の運動会で1位になった徒競走。グランドに乱入してきた野犬に追っかけられての1位だった。それ以降、ルーファスは徒競走で1位になったことはない。てゆか、一度っきりの1位以外はみんなビリだった。
――以下略。
なぜなら運動会などの、運動系の舞台で輝けたメモリーがほかになかったからだ。
ルーファスはよくがんばった。幼稚園の運動会以来の快挙だ。もう思い残すことはないだろう。
さよならルーファス。
空の彼方へ……彼方へ?
斧の衝撃があまりに強すぎて空に打ち上げられたのか?
違う。セツの鉄扇が竜巻を起こしたのだ。
ルーファスよりも低くした舞い上がらなかった大男が地面に叩きつけられた。自分の体重が凶器になったようだ。
次はルーファスの番だ。
「ちょ、ちょちょちょっとこれマズイよ、えっと、そうだ!」
魔法であれば回避も可能だが、魔法は禁止。だがルーファスの手にはアイテムが握られていた。
ロッドから空気を地面に向けた放った!
――止まった。
ルーファスの鼻先に地面がある。
その1秒後、空中で制止していたルーファスが地面に落ちた。
「うげっ!」
鼻強打。
「ルーファス様!」
すぐにセツが駆け寄ってきてルーファスを抱きかかえた。
鼻血をツーッと流しているルーファス。どうやら気は失っていないらしい。
「大丈夫、ちょっと鼻打っただけ……痛いけど」
「嗚呼、ルーファス様よくぞご無事で!」
セツがルーファスに抱きつく横で、桃色のツインテールをぴょんぴょんさせている小悪魔。
「あのぉ〜、アタシもいるんですけどー? まだシール取られてないんですけどー?」
冷たい眼をしてセツが振り向いた。
「あ、ビビもまだ生き残ってたんですか?」
「生き残ったますよーだ!」
「で、シール何枚集めましたか?」
「自分のも合わせて3枚。ちょ〜がんばってるでしょでしょ!」
「わたくしは今の男を合わせると――」
セツは伸びている大男からシールを奪った。
「5枚です」
「…………」
口を結んだビビは頬を膨らませた。
セツはルーファスに顔を戻した。
「ルーファス様は?」
「私は7枚……運が良かったんだよ本当に」
「…………」
セツも口を結んでしまった。『ルーファス様、ルーファス様』と慕っていても、相手がデキると思っているかどうかは別。つまりルーファスは期待されてなかったのだ。
「ルーちゃんすご〜い!」
自分のことのように無邪気にはしゃぐビビ。それを見てセツは慌てた。
「さすがルーファス様です!!」
取って付けたようなまさにお世辞だ。
立っている参加者の数も減ってきている。時間の刻々と過ぎている。
3人固まっていることで、周りも様子見ですぐに仕掛けてこないようだ。
セツは自分の持っていたシールを1枚ルーファスに渡した。熱い、視線が熱い。
「8枚あれば予選通過は確実です」
横からビビが出てきた。
「なんで?」
「そんなこともわからないんですか?」
冷たい、視線が冷たい。
「なんで?」
と、ルーファスも尋ねた。
「それはですね、ルーファス様」
視線がまた熱くなった。
セツが続ける。
「E組の参加者は78名で、通過者は10名となっています。つまり参加人数の10分の1のポイントを持っていれば予選通過できることになります。8枚のシールを手に入れたら防御に徹するのが生き残るコツでしょう」
慌ててルーファスはシールを返した。4枚にして。
「だったらセツが8枚持っててよ、僕が予選通過したってなんの役にも立たないから!」
「夫を立てるのが妻の務めですから」
「まだ夫じゃないから!」
「まだそうではなくても、未来の夫ですから」
「まだって深い意味で言ったんじゃないよ、夫とかならないから」
「ならダーリンがいいですか?」
「いや、そういう問題じゃないから」
二人の間にビビが割って入る。
「もしもーし、敵が来てますけどー」
ビビの言うとおり、甲冑のナイトがすぐそこまで来ていた。が、かなりの重鎧らしく、機動力はあまりよくないらしい。相手は不意打ちのつもりだったらっぽいが、見事に3人に気づかれている。
ビビが大鎌で薙いだ。
ガツン!
大鎌はナイトに当たったがビクともしない。逆に柄を握るビビの手が痺れ、刃こぼれしそうだった。
「ウソっ、ぜんぜん聞いてない!?」
硬いだけではない、比重もあってビクとも動かない。
セツが大男を飛ばした竜巻を起こした。
浮いた!
ナイトが浮いた!
――拳が入るくらい。
ドスンと地響きを立てて甲冑剣士が地面に着地。
ビビとセツでは歯が立たない。
ナイトが槍で突きを打つ!
でも早くないので避けられる。セツは軽くかわした。
鉄壁の防御を誇るナイト。だが機動力が犠牲にしているらしく、攻撃が遅い。
ビビがのんびり提案する。
「逃げちゃおうよ、めんどくさいし」
すぐにナイトの仮面からくぐもった声がする。
「おまえらも逃げる気か! 戦え、俺と戦え、俺は絶対に負けないぞ!」
ほかのやつにも逃げられたのか……かわいそうに。
ルーファスが自信なさげに手をあげた。
「あのさぉ、ちょっと試したいことがあるんだけどいいかな?」
「なにするのルーちゃん?」
「まあ見ててよ」
ルーファスはロッドを構えて魔弾を撃った。黄色く輝く魔弾だ。バチバチと音を鳴らしている。
魔弾が甲冑にヒットした。
「ギャアガガガガガガガガ!」
機械的な悲鳴を上げたナイト。
どうやらルーファスの作戦は成功したようだ。
作品名:魔導士ルーファス(2) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)