魔導士ルーファス(2)
白い月が微笑むとき2
ホワイトムーンの利用価値は高い。なので多種多様な店で取り扱ってはいるが、希少なために取り扱っている店は少ない。
ルーファスも顔が広いわけではないので、とりあえずやって来たのはマジックポーションショップ。
「いらっちゃいませ〜♪」
童顔巨乳の三角帽子を被った魔女マリアが出迎えてくれた。
「マリアさんこんにちは」
軽く挨拶してルーファスはカウンターの前に立った。
「今日はルーファスたんのために特別な胃薬も用意してますよぉ」
「あの、えっと、じゃあその胃薬をもらおうかな」
それを買いに来たんじゃないだろルーファス。押しに弱くて無駄な買い物をしちゃうタイプだ。
セツが前に出た。
「胃薬のほかに、ホワイトムーンは取り扱っていないでしょうか?」
「こちらはどなたですかぁ?」
「ルーファス様の妻になるセツと申します」
「ブフォッ、つ、妻ーっ!?(世界の破滅!)」
衝撃を受けるマリア。
そこにビビが割ってはいる。
「全部妄想だから!」
ビビのどアップを前にマリアが後退る。
「あっ、えっと、こちらはどなたですかぁ?(これって三角関係!?)」
「あたしの名前はシェリル・ベル・バラド・アズラエル、愛称はビビ、よろしくね♪ ルーちゃんとはマブダチだよっ! この女はただのストーカー女だから!」
ピキッ。
なにかがキレる音がした。
「だれがストーカーですか、だれが? ちょっと外に出なさい!」
「あたしとヤル気? 人間の分際で悪魔のあたしとマジでヤル気なの?」
「まるで人間が悪魔よりも下等とでも言いたいようですね」
「力も魔力も、知識だって、あたしたち歴史に比べたら、人間なんて笑っちゃうもん」
鼻で笑ったビビは、チラッとルーファスを横目で見た。
うつむいているルーファス。どこか哀しげだ。
ビビは自分がどんな発言をしたのか、それを思い返してハッとした。
「違うの、そんなつもりじゃ……ルーちゃん」
種族格差。
アステア王国は異種族に対して寛容である。表向きは。
人間と異種族の抗争は今でも各地で起きている。その歴史は根深いものであり、敵であり、奴隷であり、家畜であり、世界中を巻き込む大戦も数多く繰り広げられてきた。現在は人間と魔族は均衡を保って、大きな衝突こそないものの、それでも差別意識は社会に根強くあるのだ。
「ルーファス様、これが悪魔の本性です。人間と悪魔は相容れない存在なのです」
冷たくセツは言い放った。
大粒の涙を瞳に浮かべるビビ。
「……セツのばかぁ!」
涙をこぼしながらビビは店を飛び出して行ってしまった。
すぐに追おうとするルーファスの腕をセツがつかむ。
「さあルーファス様、デートの続きいたしましょう」
満面の笑みのセツは、力を込めた手を離さない。
絶対にルーファスを逃がさない。
絶対に逃がさないというのが、セツの瞳の奥からひしひしと感じられる。
困った顔をするルーファス。
強引に引き止められて、それを振り切るようなことができるルーファスではない。
だからルーファスは……はぁ。
目の前の男女関係など気にせず、マリアは自分の仕事をしている。
カウンターの上に並べられるホワイトムーン。
研磨されてないため、形は石ころにすぎないが、輝きは陽光を浴びて白銀の雪。
「うちにあるのはこれだけですぅ」
マリアが並べた数は3つだけ。大きさはどれも拳よりも小さい。
セツが1番大きな物に手を伸ばす。
「手に取って見てもよろしいですか?」
「どうぞぉ」
魔力を帯びた物は、魔導に通じる者であれば、その魔力を計ることができる。
ホワイトムーンの原石を握り締めたセツ。
「もっと良質な物はないでしょうか?」
「うちは魔法薬屋だから、これ以上の物はないんですぅ」
「そうですか。ありがとうございました。ルーファス様、ほかの店を当たりましょう」
セツが背を向けて歩き出そうとすると、マリアが慌てて手を伸ばした。
「お客ちゃま! お時間とお金を頂ければ、裏ルートからご希望に添える品をお取り寄せしまうぅ!」
言葉を受けたセツはそのままルーファスに顔を向けた。
「だそうですけど?」
「いいんじゃないの?」
「Sランクの物が欲しいのですが、どのくらいで手に入ります?」
セツは再びマリアに顔を向けた。
「Sランク!?(さすがにそれは……この子、金持ってるの? それとも世間知らず?)予算はいかほどですかぁ?」
尋ねてきたマリアにセツは耳打ちした。
輝くマリアの瞳。
「4ヶ月もあれば用意できますぅ!」
「う〜ん、それでは年が明けてしまいます」
「だったら3ヶ月で!」
「またの機会に」
「2ヶ月で!」
「それではごきげんよう。行きましょう、ルーファス様」
セツはルーファスを連れて店を出て行った。
店に舌打ちが響く。
「ちっ……逃がした魚は大きい」
店を出てすぐにセツが尋ねる。
「ほかによいお店を知りませんか?」
「う〜ん……ジュエリーショップはよく知らないし」
「見た目ではなく、中身が重要ですから、特別な宝石店でないと見つからないかもしれません」
「学院に行けばいい情報があるかもしれないけど、休日だしなぁ」
「ドラゴンファンングという鍛冶屋があると聞いたのですが?」
「ああ! 王都で有名な鍛冶屋さんだから、ホワイトムーンもあるかもね。でも材料を分けてくらるかなぁ、店主が頑固オヤジってウワサがあるよ?」
とりあえず2人はドラゴンファングに向かうことにした。
王都の繁華街である中央広場。そこに近い良好な立地条件の場所に店を構えているドラゴンファング。この辺りは老舗が多く、独自のプライドを持った店も多い。
店に入ると煙草の匂いがした。
骨太の女が店の奥でふんぞり返っている。
「あんたら客かい? 冷やかしなら帰んな、しょんべん臭いガキの来るとこじゃないよ」
あまり歓迎されていない。
それでもセツは物怖じせずに女の前に立った。
「良質なホワイトムーンがあれば、少し分けて欲しいのですが?」
「ウチは鍛冶屋だよ。原料ならほかの店を当んな」
「そこをどうにかなりませんか?」
「大事な原料をどこのだれとも知れないやつに売ると思うのかい? それに残念だけど、良質なホワイトムーンはウチにはないよ」
「そうですか、ありがとうございました」
頭を下げて立ち去ろうとするセツの背に女が声をかける。
「待ちな。ひとつ教えといてやるよ」
「なんでしょうか?」
「ここ最近、王都の市場には良質なもんは出回ってないよ。あるならウチが買ってるよ……ったく(鍛冶勝負まで時間がないってのに)」
女に頭を下げてセツとルーファスを店の出口に向かって歩き出した。
セツがそっとルーファスに耳打ちをする。
「あの方は奥さんでしょうか? 良い方でしたね」
「私はちょっと怖かったけど(女の人ってみんな怖い)」
二人が出口を出ようとしたとき、店にだれかが飛び込んできた。
「ただいま!」
店に入ってきた女の子とルーファスが目を合わせる。
「あっ、ローゼン様の背景のルーファスさん」
ローゼンクロイツ信者のアインだ。
「背景って……(ただいまって言ったよね?)」
ここはアインの実家なのだ。
作品名:魔導士ルーファス(2) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)