魔導士ルーファス(2)
尖った氷のような脅すように尋ねてきたのはカーシャだった。
「ファウスト先生ともめてたハズじゃ?」
「ヤツと遊んでいるヒマなどない。足止めしてさっさと逃げて来たところだ」
どんな足止めをしたかわからないが、ファウストもなかなかの使い手だ。きっとすぐに復帰してくるに違いない。そうなったら、同じ妖精を追いかけてカーシャと張り合うことになるだろう。そしてまた鉢合わせしたら、甚大な被害が出ることは間違いない。
校内で攻撃魔法を容赦なくぶっ放すダメ教師には困ったものだ。それでも首にならないのは、実力主義のクラウス魔導学院の人事ならではだろう。つまりカーシャもファウストも、かなりの実力者ということだ。
クラウス魔導学院には教師以外の生徒も、かなりの実力者が勢揃いしている。
つまり今回の騒ぎが多くなれば実力者たちも参戦して、ルーファスのライバルがどんどん増えてしまう。ルーファスの追試合格なんて絶望的だ。
ギラリとカーシャがルーファスを睨んだ。
「わかっているなルーファス?」
「えっ……なにが?」
「妖精を捕まえたら妾の前に差し出すに決まっているだろう」
「(決まってるってなにそれ)どんな願い事する気なの?(あんまり聞きたくないけど)」
「世界征服に決まってるだろう!」
きっぱりはっきり断言された。
決まってるとか言われても困る。世界征服とか子供ですら言わないような夢を語られても困る。しかもマジなところが本当に困る。
ケツを触って世界征服。そんなことで世界征服の願いが叶ってしまったら、征服されるほうは堪ったもんじゃない。
いちごパンツと赤ふん触ったら世界征服って……。
たしかにいちごパンツには夢がいっぱい詰まっているとはいえ、そんな方法で世界征服って……。
せめて7つのボールを集めて世界征服のほうがいい。
ふんどしの先には2つのボールしかない。5個も足らないじゃないか!(つっこむところを間違っている)
カーシャのほかにも、とんでもない願いをする者がいるかもしれない。そうなる前にルーファスが願いを叶えて欲しいところだ。追試合格というスケールの小さくて、わざわざせっかくのチャンスを使って願うことなのかと思うが、世界の平和を考えるならだれにも迷惑をかけない良い願いだ。
だがしかし!
ルーファスの目の前に立ちはだかる巨大な壁。
カーシャ!
「妾を出し抜こうと思うなよルーファス、ふふふっ」
そんな恐ろしいことルーファスにできるハズがない。ハズがないけど、カーシャに世界征服されるのも困る。そして、追試が不合格になるのも死活問題として困る。
こうなったら仕方ない。ルーファスの頭に過ぎる考え。
「もう不合格でいいよ。妖精も探すフリだけしよう」
ルーファスが願いを叶えれば、カーシャが出し抜かれたと思って報復してくる。かと言って、世界征服の手伝いもできないので、手伝うフリしてだけしてあとは、だれが平和的な願いをしてくれることを祈る。
追試をあきらめたルーファスは、他人任せを決め込むつもりだった。
だが、ルーファスは期待を裏切らない!
運命の女神はいつもルーファスを渦中に投げ入れる。
ルーファスの躰が宙に浮いた。
「な、なに!?」
驚くルーファスはカーシャの肩に担がれていた。
「行けルーファス!」
「はぁ〜〜〜っ!?」
意味もわからないままルーファスミサイル発射!
ルーファスが投げ飛ばされたのは、生徒の群れの中だった。その先頭を走って逃げているリリの姿!
ここまま行けばルーファスとリリが正面衝突。
あくまでリリがその場を動かなかった場合の話だ。
ひょいっとリリが避けた。
ルーファスはリリの真横を飛び抜け、勢いよく生徒の群れに突っ込んだ。
ドーン!
まるでボーリングのピンのように次々と倒れる生徒たち。
叫び声や呻き声は廊下に響いた。
そんな生徒たちを見ながらリリが笑いながら去っていく。
「ばーか! オレを捕まえるなんて1000年はぇんだよ、あははははは!」
逃げられた。
生徒たちに潰されているルーファスは、死にそうな顔をして手を伸ばした。
「圧迫死する……うう……」
伸ばされたルーファスの手に触れた柔らかい感触。
ぷにぷに。
思わずルーファスはそれを揉んでしまった。
生徒たちが立ち上がってはけてくると、ルーファスは自分が触っているものが、なんだか見えはじめた。
ピンクのストライプのパンツ。
そう、ルーファスが触っているのはお尻だった。
ついにルーファスは女の子のお尻に触れたのだ!
でもそれはララのお尻ではなく……。
顔を真っ赤にしたビビと目が合った。
「ルーちゃんのえっち!」
バシン!
ビビの平手打ちが炸裂。
「ぶへっ!」
珍獣の叫びをあげながらルーファスの顔が変形した。
ルーファスが触っていたのは、ビビのお尻だったのだ。
「もぉ、ルーちゃんなんか大っキライ!」
顔を真っ赤にしたままビビが逃げるように走り去っていく。
そして、ルーファスの頬も真っ赤だった。
ルーファスは頬についた手のひら痕にそっと触れた。
「ヒリヒリするし口の中も切っちゃったよ。事故なんだから、あんな力一杯叩くことないのに」
カーシャに投げられ、ビビのビンタを喰らい、散々な目に遭ってしまった。
だが、ルーファスの災難はまだまだはじまったばかりだ。
ルーファスを取り囲む生徒たちの視線。身体がチクチクするほど痛い視線を浴びせられている。
「おまえのせいで逃げられたじゃないか!」
「あとちょっとで捕まえられたのに!」
「どうやって責任取ってくれるんだよ!」
欲望に駆られた人々は怖い。
身の危険を感じたルーファスは咄嗟に遠くを指差した。
「あっちに妖精が!」
ルーファスの叫び声に合わせて、一気に生徒たちの視線が指先に向けられた。
今のうちにルーファスは全速力で逃げた。
だが、すぐに生徒に気づかれた。
「あいつ逃げたぞ!」
「追え!」
数人の生徒がルーファスを追ってきた。
妖精じゃなくて、いつの間にかルーファスが追われる展開に!?
「なんで私が追われてるのさ!」
欲望に目が眩んで、判断能力が落ちている。
ルーファスは1つ学んだ。
「(欲望は人を狂わせるんだなぁ)」
だからこそ欲望に忠実で私利私欲なカーシャはいつも狂ってる。
狂ってっていうか、ぶっ飛んでる。
数々の危機に直面してきたルーファスは、その危険を本能的に悟って急いで伏せた。
カーシャに集まるマナフレア。
「ホワイトブレス!」
校内で攻撃魔法をぶっ放したカーシャ。
妖精を狙うライバルを蹴散らすつもりだ。
ルーファスの頭上を抜けていった凍える吹雪。
このままでは生徒たちが危ない!
ジャラジャラと鳴る魔導具の音。
そんな大量の魔導具を身につけているのはあの人物しかない。
「ファイアブレス!」
ファウストの手から炎の渦が放たれた。
ピンチだったとは言え、校内で攻撃魔法をぶっ放したファスト。
カーシャとファウストは遣りたい放題だ。
放たれた炎によって吹雪が相殺させた。
唇を噛んだカーシャ。
「くっ……また妾の邪魔をしおって」
作品名:魔導士ルーファス(2) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)