魔導士ルーファス(2)
クラウス魔導学院の健康診断もこの病院が行っているので、きっとルーファスの詳細な診断書がディーの手元にあるに違いない。
白衣のポケットからディーは指示棒と取り出した。
「それでは右目から行おう。左目をつぶって、これがわかるかね?」
1.0の並びのマークが指示棒で指された。
ルーファスは左目をつぶって、それをじ〜っと見つめた。
「見えません」
次々とマークが指されていく。
その度にルーファスは『見えません』と答えた。
ディーは指示棒の先端を床に向けた。
「では、次は左目だ」
言われてルーファスは右目をつぶろうとするが、頬が引きつってうまく片目だけ閉じられない。
ものすごくブッサイクな表情になってしまっている。
「う……まく、つぶれないんですけど?」
「だれか目を押さえてやってくれないかね?」
ディーはビビとローゼンクロイツに顔を向けた。
ルーファスはベッドに拘束されているので、自分の手で目を隠すこともできない。
ビビが元気よく手を挙げた。
「はいはい、は〜い! アタシがやりま〜す!」
さっそくビビはルーファスの目を手で覆った。
「…………」
ルーファス沈黙。
そして、ボソッと言った。
「なにも見えないんだけど?」
言われてビビはハッとした。
両手でルーファスの両目を隠してしまっていたのだ。
「ごめ〜ん! 間違っちゃった、えへっ♪」
気を取り直して視力検査再開。
次々と指されるマークだが、やっぱり『見えません』の連続だった。
そして、検査が終わるとディーは深刻な顔をした。
「ふむ、両目とも0.2以下だ。ここではこれ以下の検査はできないので、ほかの場所で精密な検査をしよう。そして手術だな」
「はっ?」
っと言ったままルーファスは固まった。
ルーファスの頭の中で『手術』という言葉がエコーした。
そして、ハッと我に返った。
「絶対イヤだよ! 死んでもイヤだよ! 手術なんてありえないよ、しかも目とか危ないじゃないか!」
ルーファスの頭に過ぎるニュース。王都のとある眼科で手術を受けた患者が次々と角膜炎を発症、視力が落ちた患者や失明寸前の患者まで出てしまった。当時まだ視力が悪くなかったルーファスは、『ふふ〜ん』と思うだけだったが、その恐怖が今襲い掛かってきた。
妖しげにディーは微笑んでいる。
「手術と言っても実に簡単なものだよ。もちろん私が執刀する」
「手術なんてしません!(しかもこの人が執刀したら、麻酔かけられてる間にどんなことされるか……怖っ)」
ちなみに通常、眼の手術は局部麻酔なので、あ〜んなことやそ〜んなことをされる心配はたぶんない。
ビビがルーファスを見つめた。
「視力が戻るなら手術したほうがいいよ!」
「人事だと思って、手術受けるの僕なんだからね!」
が〜ん、ビビちゃんショック!
ルーファスのためを思っていったのに、怒鳴られた。
落ち込むビビに代わってローゼンクロイツが促す。
「手術すればいいよ(ふあふあ)」
「ローゼンクロイツも人事だと思って!」
「うん、人事(ふあふあ)」
が〜ん、ルーファスショック!
投げたボールをそのまま打ち返された。
ディーがルーファスの目の前にまで近付いてきた。
「友人たちもこう言っているのだよ。今からすぐ手術をしようではないか」
「いやいやいや、気が早いですからディー先生。ちなみにその手術ってどんなものなんですか?」
「角膜をスライスして」
「はっ? 絶対にありえないし、絶対に手術なんてしませんから!!」
ルーファスはジタバタして暴れようとするが、拘束されていて身動き一つできない。
ディーはどこからともなく注射器を取り出した。
「手術中に暴れられると危険だから、全身麻酔にしよう」
笑った。ディーが妖しく笑った。全身麻酔なんてされて気を失ったら、なにかされる!
ルーファスは逃れるために必死だった。
「ヤダヤダヤダヤダーッ!」
叫んだルーファスが思わぬ力を発動させた。
魔力の暴走による爆発。
ルーファスを中心に小爆発が起き、ディーの身体が吹き飛ばされた。
「良い魔力だルーファス君」
爆発に巻き込まれながらディーは無傷。黒衣が多少焦げている。
思わぬ爆発にビビも驚いた。
「だいじょぶルーちゃん!」
そして、ローゼンクロイツは独りで視力検査!
「上上、下下、左右左右」
肝心のルーファスがベッドから解放され、さらにローゼンクロイツの魔導チェーンも破壊していた。
拘束を解いたルーファスはすぐさま逃亡。
「手術なんてイヤだーっ!」
診察室を飛び出したルーファスは病院の廊下を走った。
だが、前がよく見えずにいきなりだれかに大衝突!
ドン!!
看護婦が転倒。M字開脚でパンツ丸見えだが、今のルーファスにはぼやけて見えない。ちなみに純白のレース付きだ。
「ご、ごめんなさい!」
謝ってる相手が看護婦だってこともよくわかっていない。
すぐに後ろからはディーが追いかけてくる。
「そこの彼を捕まえろ。麻酔を使っても構わない、怪我は絶対にさせるな」
ボソボソっとした小さな声なので、周りのスタッフには届かなかった。
突然、ルーファスの頬を何かか掠めた。
まるでそれはダーツ。
ルーファスが振り返ると、ディーが注射器を投げてきた。
ビュン!
「うわっ!(注射器投げるとかありえないし!)」
さらにビュン!
ビュン、ビュン!
次から次へと投げられた注射器をかわすルーファス。
ディーは眉を細めた。
「私のダーツをかわすとは、良い瞬発力だルーファス君」
避けるのはだけは得意なルーファスだったりする。
ルーファスから外れた注射器は、そこらへんを歩いていたスタッフや患者に刺さり、次々と深い眠りに落ちていく。
「なんでこんな人が副院長なんだよ!」
ルーファスは叫んで逃げた。
王都アステアでは実力主義なところがけっこうあるので、アレな人でもいいポジションにいる場合が多い。クラウス魔導学院の教員もそんな感じだ。
とにかくルーファスは逃げた。
逃げて逃げて逃げまくるほどの被害拡大。
大量のスタッフが意識を失ったために、病院機能まで低下。
大惨事だ。
スタッフたちも必死でディーを止めようとする。
「副院長もうやめてください!」
「黙りたまえ」
ディーの投げた注射器にブスっとされて、止めに入ったスタッフも深い眠りに。
スタッフはルーファスを捕まえるグループにも分かれていた。
「大人しく捕まりなさい!」
でもなかなか捕まらないルーファス。
だって逃げるのは得意だから。
ついにイライラしてきたスタッフはルーファスに殴りかかってしまった。
そこへディーの投げた注射器がブスッと、殴りかかったスタッフも眠らされた。
必死で逃げていたルーファスだったが、ついに廊下の端にまで追いやられてしまった。これ以上逃げ場はない。
この場にビビも追いついてきた。ちなみにローゼンクロイツは病院で迷子になっている。
ルーファスに迫るディー。
「もう逃げ場はないよルーファス君」
「手術は……手術だけは……」
生唾をゴクンとルーファスは飲んだ。背中はもう壁についてしまっている。
作品名:魔導士ルーファス(2) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)