魔導士ルーファス(1)
角笛を吹き鳴らせ2
零時までの待機時間、クラウスは聖リューイ大聖堂の中で過ごすことになる。
聖堂内を歩き回ることはできるが、もちろん護衛や付き人と行動を共にしなければならないし、はじめて来た場所でもないので見て回る気も起きない。
長い時間を過ごす待機室は警護が厳重だったが、クラウスは人払いをして部屋にルーファスとビビだけを残した。
「城の者がいると口うるさくてね。会話一つにも目を光らせてきて、リラックスもできないよ」
クラウスは若い王でありながら、すでに手腕を発揮して国を大きく繁栄させてきた。そうは言っても、若さ故に王として縛られることに窮屈さを感じているようだった。
なんだかビビはクラウスを感心しているようだった。
「クラウスも大変だよねぇ。お祭りで遊びたいのに、こんなところに閉じ込められちゃって」
「君も大変だろう? 君も皇女で、父君は皇帝なのだから」
「アタシはべつに将来国のトップになるわけじゃないし、パパは好き勝手やってるだけだし(それにアタシは逃げ出してここにいるんだし……)」
皇女という地位に縛られるのがイヤで逃げ出したビビは、クラウスの姿を見ていると罪悪感に囚われてしまう。
しゅんとしているビビを見取ってか、クラウスは爽やかに微笑んだ。
「角笛を見せてあげるんだったね。そこの箱の中に入っているから、ちょっと待っていてね」
「うん♪」
ビビは笑顔で答えた。
さっそくクラウスは箱の中から角笛を取り出す。
箱には魔導錠が掛けられており、クラウス――王家の魔力に反応して開くようになっている。
取り出された角笛を白く磨かれ、ドラゴンのシルエットが描かれていた。魔力を感じることのできる者であれば、それがただの角笛でないことがわかるが、そこら辺の土産屋に売っていそうでもある。実際、簡単な作りなのでレプリカが大量に土産として出回っている。
クラウスが持ってきた角笛に興味津々のビビ。
「へぇ、意外に質素なんだ」
「ガッカリした?」
「ううん、アタシ楽器とかそーゆーの興味あるから、見せてくれてありがと」
「いえいえ」
見せ終わってすぐにクラウスは箱に戻そうとしたが、ビビは後ろ髪を引かれていた。
「ええ〜っ、もう閉まっちゃうのぉ? もし良かったらちょっと吹いてみてもいい?」
大事な国の宝だ。そう易々と吹かせてくれるわけが――
「いいよ」
あっさりクラウスOK。
「ホントにありがと!」
喜ぶビビの横でルーファスは不安そうだった。
「その角笛が大事な物だってことを国民だったら誰でも知ってるよ。それを異国の、しかもビビに触らせていいの?」
「『しかも』ってどーゆーことー?」
じとーっとした瞳でビビはルーファスを睨み付けた。
「もしもビビが壊したら国際問題だよ。私が壊したって絶対に打ち首獄門……もしかしたら生きたまま拷問されるかも」
言いながらルーファスは青い顔をした。
クラウスは笑って見せる。
「あはは、大丈夫だよ。角笛は固い角で出来ているのだから、そう壊れたりはしないさ」
そう言ってクラウスはビビに角笛を手渡した。
「ありがとクラウスー! ルーちゃんと違ってやさしいー!」
「私と違っては余計だと思うけど」
「ふん、だってルーちゃんイジワルなこと言うんだもん」
「別にそんなつもりで言ったんじゃないよ」
「べーっだ。ルーちゃんには吹かせてあげないも〜ん」
舌を出したビビはそっぽを向いてから角笛に口を当てた。
ふーっ!
ほっぺいっぱいの空気を吹き込んだ。
ふぅーっ!
さらに息を吹き込んだが――鳴らない。
顔を真っ赤にするビビ。
ふぅーっ、ふぅーっ、ふぅーっ!
だが鳴らない。
「ゼーハーゼーハー(なんで鳴らないのぉ〜!?)」
酸欠になりそうになって、ビビは肩で息を切った。
ルーファスがビビから角笛を奪おうとする。
「私にもやらせてよ」
「ルーちゃんには吹かせてあげないって言ったじゃん」
「少しくらいいいでしょ」
「ダーメ、絶対にダ〜メ」
「ケチ」
「ケチじゃないもん、ルーちゃん絶対に壊すもん」
「壊さないってば、だから貸してよ!」
ルーファスは角笛をつかみ、無理矢理ビビから奪い取ろうとした。
ビビも取られまいと必死に抵抗する。
そこへクラウスが割って入ろうとしたとき、ビビとルーファスの手がすべった。
――ガン。
床に落ちた角笛。
凍り付くルーファスとビビ。
クラウスは冷静に角笛を拾い上げた。
「大丈夫、壊れていないよ。(実は僕も前に落としたことがあるからね)このくらいでは壊れないさ。さあ、ルーファスも吹いてごらん」
角笛はクラウスの手からルーファスに渡った。ビビは不満そうな顔だ。
さっそくルーファスはお腹の底まで空気を吸い込み、角笛に口をつけると一気に噴き出した。
ふぉーっ!
空気が抜ける音しか聞こえない。
それを見てクラウスは笑っていた。
「ごめんごめん、実は王家の者しか音を出すことができないのさ」
だから吹かせてくれたのだ。
この角笛はヴァッファートを呼ぶための物。もしも音が出てしまったら、用もないのにヴァッファートを呼び出してしまう。
でもルーファスは意地になって再トライ。
ふぉーっ!
顔を真っ赤にしてほおがはち切れんばかりに膨らませる。
まるでタコだ。
ふぉーっ!
王家の者しか吹けないのであれば、音が出るわけがない。
ぶふーっ!
限界まで空気を吹き込んだときだった。
角笛が真っ赤に輝き、3人は目を丸くした。
ドーン!!
角笛が大爆発してしまった。
吹き飛ばされて腰を抜かしたルーファスは言葉も出ない。
言葉を出ないのはルーファスだけじゃない。
クラウスは唖然と口を開けたまま。
――やっちまった。
さすがへっぽこ魔導士ルーファス。
期待を裏切らない。
そう、期待を裏切らないと言うことをクラウスは考慮するべきだった。
「嗚呼、僕のせいだ。大切な友だからと言って、国宝を見せるのみならず、触らせて、さらには吹かせるなんて……僕の責任だ」
頭を抱えてしまったクラウスをすかさずビビちゃんがフォロー。
「そんなことないって、壊したのルーちゃんなんだし! クラウスはぜんぜん悪くないって」
その言葉がグザっとルーファスの胸に刺さった。
ルーファスはその場にしゃがみ込み、頭を抱え込んでしまった。
「打ち首だ、絶対死刑だよ、市中引き回しで公開死刑だよ。明日の建国記念祭は公開死刑祭りだよ」
こっちもビビちゃんがフォロー。
「そんな死刑なんて大げさだよ。ねえクラウス?」
と話を振ったのだが、クラウスはかなり重い表情をしていた。
「あながちそうとも限らない。頭の固い保守派は、絶対に死刑を望んでくるだろう。加えてルーファスの父であるルーベルの失脚を狙っている奴らにもまたとないチャンスだ」
ガーン!
さらにクラウスの言葉で追い込まれたルーファス。
「そうだよ父さんにまで迷惑かけるんだ。うわぁ、生まれて来て本当にごめんなさい」
さよならルーファス!
キミが最後までへっぽこだったことは忘れない。
魔導士ルーファス――完。
なんてことにならないように、クラウスが小さな声でしゃべり出す。
作品名:魔導士ルーファス(1) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)