魔導士ルーファス(1)
王宮を飛び出したリファリスは行く当てがなかった。防衛のトップであるルーベルすら手をこまねいているというのに、なんの情報も持たないリファリスに解決の手立てがあるはずがない。
冷静に考えれば、リファリスが動くことでローザに危害が及ぶかも知れない。そんなことにも頭が回らず、ただリファリスはローザを救いたい一心で後先考えずに飛び出したのだ。
それに巻き込まれたルーファス。
「これからどうする気なの? ねえ聞いてるリファリス姉さん?(僕たち二人になにができるっていうんだろう。でも姉さんの気持ちもわかるよ、僕だってローザ姉さんを助けたい……でも)」
「ちゃんと聞いてる、作戦も考えてある」
「えっ、ホントに!?」
政府が対応に紛糾しているというのに、リファリスはいったいどんなことを思い付いたのか?
「ほんとに決まってんだろ。わっちをだれだと思ってんだい?」
「私の姉だけど?」
「そうじゃないよ、世界で一番出来の良いおねーちゃんだろ?」
「あ、はぁ……(その自信はどこから来るんだろう)」
いつも自信のないルーファスは、ほんの少しくらい見習った方がいい。
自信満々にリファリスは語りはじめる。
「作戦はこうだ。いいかい、今からアルドラシルのナンバー2だかなんだかを刑務所から連れ出す」
「ええっ!?(というか、ナンバー3だし、たぶんたしかまだ刑務所じゃないと思うけど)」
「つまりだ、クソ野郎はテロには屈しないし交渉もしないとか抜かしやがるなら、わっちらが材料を手に入れてテロリストどもと交渉する」
「ええーっ!!」
「でもクソ野郎の言ってることもわかる。易々テロリストにメンバーを返してやるようなことはしない。ローザを取り戻したら、ちゃんとナンバー2を刑務所に送り返してやんよ」
テロに屈しない姿勢を見せている以上、作戦であろうと一時的に犯罪者を釈放することは政府にはできない。だからと言ってそれをリファリスが……。
たとえローザを救い出すためだとしても、それは犯罪であり、自分が罪を負うだけではなく、周りも迷惑をかけることになる。
ルーファスは首を横に振った。
「ダメだよ、そんなことしたら私たち捕まるよ。それに父さんだって職を失うことに」
「クソ野郎が無職になろうとわっちの知ったこっちゃないね。わっちはなにがあろうとローザを助けるよ」
「その気持ちは私だって同じだけど、他に方法が……っ!?(スカート!?)」
空をふと見上げたルーファスの目に飛び込んできた靴の裏。
「フガッ!」
鼻血ブー!!
大輪の花のような真紅のドレスを着た謎の人物が、ルーファスの顔面を踏み台にして飛んでいった。
リファリスはその瞬間を間近で見ていた。
弟の顔面を踏んづけた謎の人物は、赤髪を靡かせ、顔を蝶のマスカレードマスクで隠し、大きな袋を担いでいた。その袋から飛び出していたのは人間の顔だったのだ。
「あの顔……見覚えが……思い出した!」
リファリスは気絶しているルーファスを文字通り叩き起こして、その襟首を持ち上げながら叫ぶ。
「ニュースで見たことあるぞ、あいつがアルドラシルの野郎だ!!」
「ううっ……(頭がクラクラする)」
「ルーファスも見たろ!」
「えっと、スカートの中はふわふわの白いやつで見えなかったけど」
ふわふわのやつとは、おそらくスカートのボリューム出すために穿くパニエかなにかだろう。
……そうじゃなくって!!
「パンツの話してんじゃないよ! 今の赤い女が連れてたのがローザを救う切り札なんだよ!」
「……え?」
ルーファスたちは知らなかったが、アルドラシル教団のライガス・レイドネスは、薔薇仮面と思しき人物に脱獄されているのだ。
リファリスは突然ルーファスを脇に担いだ。
「間違いない、追いかけるよ!」
「え、え、えーっ!!」
パニック状態のルーファスを抱えて走り出したリファリス。
すでに袋抱えた影はどこにもない。
「ルーファス! あんたも魔導士の端くれなんだから、追尾魔法とかそんなの使えないのかい!」
「ええっと、なんだろう……ごめん、思い付かない」
「へっぽこ魔導士!!」
「ご、ごめん……ええと、足を早くする魔法ならあるよ!」
「だったら早く使え。こっちは足の遅いあんたの分も走ってんだよ!」
「怒鳴らないでよ、すぐ使うから。マギクイック!」
風の支援によりリファリスの足が急激に速くなって、思わずつまずきそうになってしまった。
「おっと、いきなり使うんじゃないよ!」
「早く使えて言ったじゃないか!」
「かけ声くらいかけろ!」
「ご、ごめんなさい(なんで僕を怒られなきゃいけないんだろ)」
心ではそう思っていても、やっぱり謝ってしまうルーファスクオリティ。
リファリスの眼に映った真紅の影。
「いたっ!」
影は細い路地を曲がった。
すぐにリファリスが同じ角を曲がると、真紅の影はマンホールから落ちていく瞬間だった。
「地下に潜った!」
リファリスはルーファスを放り投げてマンホールの中に飛び込んだ。
見事に腹から地面に激突していたルーファスは、
「ううっ(痛い)。リファリス姉さん待ってよ〜!」
手を伸ばすがリファリスの姿はもうない。
ルーファスは自力で立ち上がり、急いでマンホールを下りた。
地下は暗かった。水が流れる音がする。
リファリスが囁く。
「ルーファス明かり」
「うん。ピコライトボール」
ゴルフボールくらいの小さな光の玉を出したルーファスは、それを手のひらの上で安定させた。ルーファスは失敗を恐れてやらなかったが、この光の玉は体の回りに漂わせることもできる。
アステアの下水道。比較的広いこの下水道を通る浄化された下水は、やがてシーマス運河まで流れ着く。
下水の流れる脇の小道を歩く。
「本当にこっちで合ってるの?」
心配そうに尋ねたルーファスの口をリファリスは急いで塞いだ。
そして耳元で、
「あの先に光が見える。明かりを消せ」
言われたとおりライトボールを消して、ルーファスは道の先を見た。
横からの光が漏れている。おそらく先の道から、脇に逸れる道か何かあるのだろう
足音を殺しながら二人はその光に近付いた。
すると声が聞こえてきた。
「約束の金はここにある」
男の声だ。
次にしたの声ではなく、まるで文章が頭の中に流れ込んでくる感覚。おそらくテレパシーだ。
《足手まといになると困るから、彼には少し眠ってもらってるけど、心身共になんら異常はないよ》
「レイドネスを我々に渡したら、さっさと金を持ってこの場を去れ」
脱獄させたライガス・レイドネスと金を交換というわけか。
ルーファスが無言のまま下水の方を指差してリファリスに見せた。
そこには小型のボートが停められていた。これが敵の足であることは間違いない。
角を曲がった先の様子を探りたいが、迂闊に顔を出せば見つかってしまう。今は声を頼りに想像するしかない。
また頭の中に言葉が流れ込んできた。
《ところで、そこにいる人質はどうするんだい?》
「貴殿のおかげでレイドネスは我々の元へ戻り目的は達せられた」
それを聞いたリファリスは心臓が激しく打った。
「(まさか殺される!)」
作品名:魔導士ルーファス(1) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)