魔導士ルーファス(1)
正装をさせられたということは、それなりの店に行くということだ。それがリファリスは嫌で嫌で溜まらなかった。もしも相手が母親じゃなかったら、殴ってでも自分の意見を通すところだが、そういうわけにもいかない。
「それが駄目ならせめてトリプルスターでどう?」
リファリスは代案を出した。
トリプルスターとは王都アステアで有名な酒場である。ショーダンスが有名で、ショーチケットはプレミアがついている。女性でも入りやすい店内だが、家族で行くのは場違いだ。
そういうしているうちにレストランの前に来てしまった。
三つ星レストランとして名高いショコラクィスィボー。もともとは洋菓子店だったのだが、食いしん坊だった主人がいつからかケーキのみならずパンも売るようになり、やがては創業50以上が経ち洋食屋になっていたという一風変わった店だ。アンジェルガイドによる三つ星を獲得したアステアの店第一号でもある。
ちなみにアンジェルガイドとは、ホテル・レストランガイドの決定版である。飛空挺製造会社アンジェラの創設者が、航空旅行で気軽に多くの人々が旅行する時代が到来することを予感し、自社の製品の宣伝をかねて旅行者たちに役立つ情報を発信するためにフリーペーパーを配布したのがはじまりである。のちに書籍化して、今では世界各地の情報が地域ごとにまとめられ、ガイドブックとして販売されている。
店内に入るとすぐに支配人が出迎えてくれた。
「ようこそお出で頂きましたアルハザード夫人」
どうやらディーナの顔を覚えているらしい。
「予約してないのだけれど、席は空いているかしら?」
ショコラクィスィボーは予約なしでは入れない店だ。が、ディーナの表情は至って平然としている。
支配人は困った顔ではなく、少し不思議そうな顔をしたが、
「すぐに席をご用意します、5名様でよろしいでしょうか?」
ディーナは首を振った。
「パパは用事で来られないみたいなの、だから4名でいいわ」
そう答えると、また支配人は不思議そう顔をしたが、待たせることなくすぐさま席をディーナ・アルハザード夫人たちのために空けた。
リファリスがルーファス耳打ちをする。
「やっぱラーメン食べたいんだけど?」
「ここまで来ちゃったんだから仕方ないよ(僕だってカップラーメンのほうがいいよ)」
リファリスの腹がぐぅ〜っと鳴った。
「焼き肉のほうがいいな。あと酒」
グズグズ言いながらも、仕方なく席についたリファリス。思いっきり脚を開いて座った。
ルーファスも席に座ってから落ち着きがない。幼いころはよく高級な雰囲気の店に連れて行かれたが、幼かったので意味もわからずそこで飲み食いしていただけで、今のようなプレッシャーを感じることはなかった。物心ついてからも、事ある事に連れて来られたことがあるが、それでもこーゆー雰囲気は苦手だ。
ルーファスはテーブルの下に首を突っ込んで、こっそり内ポケットから胃薬を取り出した。マリアお手製の水なしでも飲める下痢止めを呑み込んだ。
「(……マ、マズイ)」
思わず吐きそうになるほどゲロマズだった。しかも錠剤が大きいため、噛むか口で溶かさなくてはいけない試練。
隣に座っているローザが心配そうにテーブルの下を覗き込んだ。
「どうしたのルーファスだいじょうぶ?(顔色が青いけど)」
「うん、ぜんぜん大丈夫だよ」
ルーファスがバッと顔を上げた瞬間、リファリスが眼を丸くした。
「ルーファス……あんた……その顔(いったいなにが!?)」
「えっ、なに?(僕の顔?)」
なにがなんだかわからないルーファス。
ディーナは微笑みながらルーファスの顔を見ている。
「あらあら〜、どうしたのぉルーファス。お顔が真っ青よ、まるでサカナガエルみたい」
サカナガエルとは、真っ青なボディに魚のような顔をしたカエルの名前である。これに例えるときは、だいたい相手をけなすブサイクという意味だ。が、たぶんほわわ〜んと言ってのけたディーナに悪気はない。
ローザが化粧ポーチから手鏡を出してルーファスに見せた。
そこに映った自分の姿を見て、ルーファスは驚愕のあまりさらに青くなってしまった。
本当の意味で顔が青いのだ。まるで青いペンキを顔面にぶっかけられたように青い。しかも器用なことに手などはまったく普通で、顔だけが青くなってしまったのだ。
焦るルーファス。さらに腹痛が襲う。
「うっ……おなかが……(もげる)」
すると、なんとルーファスの顔色が黄色に変わったのだ。
黄色い顔で脂汗を掻きながらルーファスは悶え死にそうになった。
トイレに行かなくては、今すぐトイレに行かなくては死んでしまう。
すると、なんと今度はルーファスの顔色が赤に変わった。おそらく限界を示している色だ。
歯を食いしばりながら立ち上がったルーファスが駆ける。
トイレに向かって駆け出してすぐにそれは起きた。
店に入ってきた2人組の客。
青ざめるルーファス。
白髪にメッシュのように入った赤髪。老人とは思えぬ覇気を纏い、眉間にしわを寄せながら太い眉毛の下で光る眼でルーファスを睨み付けている。
唾を飲み込む音が店の端まで響いた。
震える脚で体が支えられずルーファスが後退った。
そして、口にした言葉。
「と、父さん……」
ルーベル・アルハザード。現アステア王国の国防大臣にして、ルーファスの父親だった。
いっしょにいるのはどこかのお偉いさんだろう。近くにはSPの姿もある。
あのとき支配人が不思議そうな顔をしたのはこれだろう。ルーベルの予約が入っていたに違いない。
ルーファスを一瞥しただけでルーベルはお偉いさんと談笑しながら横を通り過ぎた。見なかったことにされたらしい。
だが、ルーファスの横を通り過ぎたルーベルは、テーブルに座っている3人を見つけ、その中の一人を憎悪のこもった瞳で睨み付けた。
リファリスがテーブルを両手で叩きながら立ち上がった。
「帰る」
すぐにローザがリファリスの袖を引っ張った。
「お姉ちゃん」
小声で制されてゆっくりと席に着くリファリス。
ピリピリした空気が漂う中、ディーナが見事に空気を読まない!
「パパもこのお店だったの?」
「あとにしなさい」
静かに、いぶし銀のような声でルーベルはディーナを制し、何事もなかったようにお偉いさんとテーブルに着いた。
しかも、運が悪いことに隣の席。
はじめっからシカトを通す気らしいルーベルは、席を変えてもらう気などないらしい。
そっちがその気ならリファリスもどっしりと構える。
母の前ではローザも姉のために席を変えて欲しいとは言えず、怒る姉のプレッシャーを横で感じることしかできない。
ルーファスも真っ青の顔のまま、トイレに行くことも忘れて席に戻ってきてしまった。
この中で平然としているのはディーナだけだ。肝が据わっているのか、抜けているのかどっちかだろう。
この状況で波風立たずに終わるとは思えない。
まだ前菜すら運ばれてきていないのだ。
食事会はまだはじまっていない。
これからルーファス一家最悪の晩餐が幕を開けようとしていたのだ。
作品名:魔導士ルーファス(1) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)