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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導士ルーファス(1)

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「新米の船乗りじゃあ仕方ねぇが、あの娘に手を出すなんて命がいくらあっても足りねぇな」
 つぶやいた老人にルーファスは潰されながら顔を向けた。
「あの娘ってだれですか?」
「1年ぶりに帰ってきたんだよ、酒場荒らしの――」
 その名を口に出す前に、ルーファスはその女の顔を見てしまった。
 ぶっ飛ばされた男たちが道を空けたその先で、テーブルの上に立ってボトルごと酒を飲み干し手の甲で口元を拭った赤髪の若い女。
 向こうもルーファスに気づいたらしく、片手を上げてニヤリとした。
「よぉ、ルーファス」
 息を呑むルーファス。
「…………リファリス姉さーーーーーん!!」
 叫び声が酒場中に木霊した。
 リファリスはズリ落ちたノースリーブの肩紐をクイっと直し、ついでにホットパンツもキュッキュッと直してから、ひょいっとサンダル履きでテーブルから飛び降りた。
 そして、ルーファスの上に乗って気絶していた男を軽々と放り投げると、ルーファスに手を貸して立ち上がらせた。
「相変わらずだねぇアンタ」
「リファリス姉さんこそ相変わらずで(……酒臭い)」
 久しぶりの姉との再会。ルーファスはあからさまに嫌そうな顔をしている。というか、怖がっている。
 立ち上がったルーファスといっしょに並ぶと、猫背のルーファスよりもリファリスのほうが背が高く見える。ホットパンツから伸びる足も長く、酒飲みのクセにお腹も出ていない。その体のどこに男をボコボコにして投げ飛ばす力があるのが不思議だ。
 リファリスの片手にはまだ酒のボトルが握られている。アステア名産で、この店の由来にもなっているホワイトドラゴンだ。かなり強い酒で、ショットグラスで飲んで倒れる大の男がいるというのに、それをボトルから直接飲むなんて気が狂[フ]れている。
 倒れていた男が立ち上がろうとしていた。それをリファリスの肩越しに見たルーファス。
「姉さん後ろ!」
「あん?」
 後ろから空のボトルを持って襲い掛かってきた男に、リファリスは振り向きざまの回し蹴りを喰らわした。もちろん顔面。
 ボキッ!
 嫌な音だ。きっと口周りとか鼻あたりの骨が逝ってしまったに違いない。かわいそうに。
 リファリスは酒を口にして息を吐いた。
「ったくよー、飲み比べで負けたのがそんなに悔しかったのかね」
 さきほどリファリスのいたテーブルに、ショットグラスが転がっていた。
 店の外に向かって歩き出したリーファリスは、途中でマスターに顔を向けた。
「酒代はそこでおねんねしてるやつらに払わせてちょーだい、そんじゃ」
 肩越しにヒラヒラ手を振って店の外に出てしまったリファリスをルーファスが急いで追いかけた。
「リファリス姉さん!」
 すぐに追い着くことができた。
「ああ、ルーファス」
「ああ、じゃないよ。なんで置いていくのさ」
「別にあんたと飲みに来たわけじゃないだろ」
「それはそうだけど、久しぶりに会ったんだから、なんかいろいろあるでしょ」
「ははーん、美人のねーちゃんが恋しかったのかい? かわいい弟だねぇったく」
「違うよ!(自分で美人って。でも酒飲みすぎるからモテなんだよね)」
 酒場で大暴れするような女じゃ、モテないのもうなずける。
 大運河を挟んだ向こう岸にリファリスは顔を向けた。
「知らないうちにこの街も変わったねぇ。間違って向う側の街に行っちゃってさぁ、酒場が少なくて少なくて、新しい港なんだからもっと酒場を増やしたらいいと思うんだよね」
「(姉さんの体の70パーセントは絶対に酒だ)ところでリファリス姉さん?」
「ん?」
「なんで帰ってきたの?」
「自分の故郷に帰ってきて悪いのかい? そこに理由なんて必要あるのかい?」
「(目が怖い)なくてもいいけど」
「あるに決まってんだろ、もうすぐ祭りがあるじゃないか、アステア一のでっかい祭りがあるだろ?」
「建国記念日のことね」
 明後日に控えたアステア建国記念日。王都では盛大な祭りが開催され、国内のみならず、海外からの多くの観光客で賑わう。
「わっちと言えば祭り、祭りと言えばわっちさ。世界各国お祭り巡りしたけっどさ、故郷の祭りが1番だね、うんうん」
 世界各国酒巡りの間違いじゃないだろうか。
 急にリファリスは真面目な顔つきになって、ルーファスの瞳をしっかりと見据えた。
「でさ、ねーちゃん世界中を旅して思ったんだ」
「なにを?」
「海賊王になろうと思って」
「はぁッ!?」
 あまりの衝撃にルーファスは鼻水が出そうになった。
 そんなルーファスを置いてけぼりで、リファリスは遥か空を眺めて夢を語り出す。
「冒険王でもいいんだけどさ、わっち海好きだろう? だからさ、海賊王になって青くて広い大海原に揺られながら、毎日甲板の上で酒飲んだら楽しいだろうなぁって」
「はぁ」
 驚きは溜息に変わった。
 姉の横顔を心配そうにルーファスが見つめた。
「(たぶん本気だろうし、現実になりそうだから怖いなぁ。気が変わりやすいから、ならない可能性も高いけど)」
 ついでに話もコロコロ変わる。
「ところでルーファス、お母さんとローザまだ修道院にいるのかい?」
「うん、まだカッサンドラ修道院にいるよ」
「そんじゃ行ってみようかな」
「行ってみようかなじゃなくて、普通帰ってきたら挨拶くらいしないよ。もちろん父さんにも」
 歩いていたリファリスの足がピタッと止まった。
「わっちに親父なんて居たっけ?」
「父さんだってきっと……」
「会いたいわけないだろ、あんただって会いたいかい?」
「うっ……」
 言葉に詰まったルーファス。
「あんただって親父のことの苦手なんだろ。わっちの場合は苦手なんじゃなくて、嫌われて嫌ってんだけどさ」
「私だって嫌われてるよ」
「あんたは嫌われてんじゃなくて、愛想尽かされてんだろ」
「僕だってがんばってるよ!」
「知ってるよそんなこと。でもあの人が欲しいのは結果なんだよ、それもとびきり良い結果がね。長女は不良娘に育って、長男じゃこれじゃねぇ、怒りたくなるのもわかるけど」
 言われてルーファスは肩を落とした。
 父からのプレッシャーを感じながらも、へっぽこ魔導士とみんなから言われることが、どんなにルーファスを苦しめていることか。
「僕だってがんばってるんだ」
「だから知ってるって言ってんのに。クラウス魔導学院に入学できただけでもすごいのに、親父が馬鹿なんだよ」
「自分の親のこと悪く言わないでよ」
「親父の肩持つってーの?」
「だって父さんはすごい人だよ。今度は防衛大臣になったんだよ」
「はいはい、そりゃすごい。家庭もろくに守れない男が防衛のトップって、アステアがいつ滅んでも可笑しくないね」
「だから!」
 怒りを露わにするルーファス。けれど、すぐに肩を落として沈んでしまった。
 弟として姉の姿を見てきた。
 父親と姉が対立する姿も幼いころから見てきた。
 だからルーファスは姉にこれ以上強く迫ることはできず、ただ口を閉ざすことしかできなかった。
 気づけばリファリスはルーファスの先を歩いていた。
 リファリスは振り返り、
「ほらルーファス、置いてくよ!」
「待ってよ!」
「やだ」
 ルーファスは重い表情を振り切って姉の背中を追いかけたのだった。