魔導士ルーファス(1)
「(ルーちゃんにしてあげられること。記憶を戻してあげられたら……思い出を話したら……記憶が戻るかも!)」
ひらめいて心が晴れたビビだったが、またすぐに気持ちが沈んでしまった。
「(思い出……考えてみたら、まだルーちゃんと出会って間もないんだよね。こっちの世界に来て、知り合いなんていなかったから、ルーちゃんの近くにいること多かったけど、まだ1ヶ月も経たないんだ……)」
ルーファスとビビの出逢い。
笑顔を作ってビビはルーファスに話しかける。
「ねぇルーちゃん、はじめて会ったときのこと覚えてる?」
「ごめん、覚えてない」
「だよねー」
少し沈んだ声で下を向いたが、すぐに気を取り直してビビは顔を上げた。
「アタシとルーちゃんの出会いは、ええっと2週間くらい前。ルーちゃんが召喚に失敗してアタシを呼び出しちゃったんだよ?」
「そうなんだ(ぜんぜん覚えてないなぁ)」
過去を振り返るビビ。
――あの日、ビビはライブハウスにいた。
ビビがヴォーカルを務めるバンドの演奏を聴きに、観客たちが歓声が上げて詰め寄せていた。
社会のしがらみから抜け出したくて、皇女に生まれた運命から逃げ出してくて、ビビは歌い続けた。
しかし、どこへ逃げても追っ手が来る。
ビビを連れ戻そうと王宮の兵士たちが観客に化けて紛れ込んでいた。
それに気づいたビビは観客たちに助けられながら逃げようとした。
一時的に振り切ることはできた。それでもすぐに次の追っ手が来てしまう。そのときだった。
甘い甘い香り。
別の世界から漂ってきた香り。それはルーファスが召喚に用いた香[コウ]だった。別世界の扉がすぐそこにある。
そして、ビビは新たな一歩を踏み出したのだった。
「それからルーちゃんの影に取り憑いたと思ったら離れなくなっちゃって、いろいろ大変だったよね、あのときは」
「ごめん、やっぱり覚えてない」
「ほら、カーシャさんのせいで死にかけちゃって」
「カーシャ?(なんだろ、寒気がした)」
記憶を失っていても、カーシャのことは身に染みて覚えていると言うことだろうか。
「うん、魔導学院の先生だよ(そう言えばルーファスとカーシャって普通の先生と生徒って感じじゃないけど、どーゆー関係なんだろ?)」
「僕って魔導学院の生徒なの?」
「うんうん、クラウス魔導学院の5年生だよ」
「クラウス魔導学院って名門中の名門だよね?(すごいんだなぁ僕)」
それはルーファスが起こした最大の奇跡だろう。ぶっちゃけそこで運を使い果たしたと、友人知人に散々言われている。それ以前から運は悪いというウワサもあるが。
しかし、ルーファスは不運を呼び込む体質でも、ここぞという時にはとびきりの運を発揮する。
あのときもそうだった……。
「アタシ……嬉しかったよ、あのとき」
「あのとき?」
「一生懸命ルーちゃんがアタシのこと守ろうとしてくれたこと。炎に包まれて二人して丸焦げなっちゃいそうになったとき、ルーちゃんはアタシのこと命がけで守ろうとしてくれたの、本当に、本当に嬉しかったよ」
顔を背けてビビは潤んだ瞳を隠した。
命をかけて守られれば、誰でも感謝や嬉しさの気持ちが芽生えるだろう。けれど、ビビはそれ以上に思い沁[シ]みることがあった。
「(アタシのことを守ってくれる人、それも命がけで守ってくれる人はいくらでもいた。でもそれはアタシ自身を守ってくれてるんじゃなくて、皇女であるアタシを守ってくれてるような気がいつもしてた。もしもアタシが皇女じゃなかったらどうなんだろうって……)」
ルーファスの影から離れたあとも、ビビはこの世界のこの街に留まった。
ずっと自分の立場から逃げ続けていたビビは、逃げるだけではなく新たな何かをこの場所で見つけようとしていたのだ。
ビビが皇女だということを知らない人々に囲まれ、知っていても今まで誰もそのことに触れた人はいなかった。そんな世界でビビは何かを見つけようとしていた。
ビビは涙を拭って話題を変えることにした。
「昨日も大変だったよねぇ〜。またルーちゃん召喚に失敗して変なの呼び出しちゃうんだもん。でもあれなんだったのかな、結局なんだかよくわかんなかったよね」
「あれ?」
「エロダコだよ、エロダコ。もしかしてアタシが手料理つくってあげたのも覚えてない?」
「ごめん、まったく(それにしてもお腹すいたなぁ)」
「(また辛そうな顔してる。記憶喪失のことあんまり言わない方がいいのかな。きっと記憶がないことで悩んでるんだ)」
またすれ違いだった。
空を見上げるルーファス。
「召喚か……(食べ物召喚できないかなぁ)」
「なにか思い出した!?(召喚で何かキッカケが!?)」
「いや……その……(食べ物のこと考えてたなんて言えないよね)」
「(深刻そうな顔してる。やっぱり悩んでるんだ。早く記憶を戻してあげなきゃ)召喚で何か思い出したの? 今日も召喚の追試テストで……あ……(ママのこと呼び出したんだった、そっちの問題のことすっかり忘れてた)」
そのときだった!
遥か空から雷鳴のように聞こえてくるエレキギターの演奏。
大鎌をモチーフにしたギターをまるでサーフボードのように乗りこなし、グングン空を飛んで何者かが近付いてくる。
顔が見えなくても誰だかすぐわかった。
「ママ!?」
叫び声をあげたビビ。
モルガン登場!
「やっと見つけたよシェリル!」
ギターに乗った変人に登場にルーファスは戸惑っていた。
「あの人だれ?(あれってギターなのかな、それとも鎌なのかな。上に乗ってるのにどうやって演奏してるんだろ。コンポになってるのかな?)」
空飛ぶギターに興味津々。
いきなりの登場でいきなり語りはじめるモルガン。
「アタシは旦那と違って腹が据わってるからね、決めたよ。アンタがその男と駆け落ちしたいならそれでもいいだろう。だがな、アタシはアタシより強い男じゃなきゃ娘はやらないよ!」
話が飛躍しすぎていた。もともとこういう性格なのか、それともどっかの魔女の入れ知恵があったのだろうか。
ビビですら目を丸くしているのに、記憶喪失のルーファスにしてみれば、意味がわからないのも当然。
「僕がこの子と駆け落ち?」
「惚れてんだろ、アタシの娘に」
「そうだったのか!!(すっかり記憶がなくて忘れてたけど、僕とこの子は駆け落ちの最中だったのか!)」
記憶を失ってるせいで洗脳されてしまったルーファス。
母親であるモルガンのことならビビがわかっている。
「(言い出したら絶対に聞かないんだから)ルーちゃんいっしょに逃げて!」
ビビはルーファスの腕をつかんで走ろうとしたが、
「うっ(足が……)」
足首は見るからに腫れ上がっており、無理して動けるような状況ではなくなっていた。
ルーファスがビビを抱きかかえた。
「いっしょに逃げよう!」
無駄にかっこいいルーファス。記憶を失ってるせいだろうか?
走り出すルーファス。記憶を失ってるせいで自分の身体能力まで忘れているのだろうか。
「もうダメだ……(疲れた)」
すぐにルーファス失速。
さらにモルガンの魔の手が襲い掛かる。
「逃がしゃしないよ、スパイダーネット!」
作品名:魔導士ルーファス(1) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)