魔導士ルーファス(1)
ダークスフィアは球から楕円に変形して飛び、空間の歪みに激突した――と同時に、進路を変えて天井をぶち破り遙か空へと消えた。そう、何者かによって跳ね返されたのだ。
空間の歪みから片手で出ていた。繊細で美しい人間に似た手。稲妻を纏いながら、両の手が空間をこじ開けた。
その全身が這い出してくる。
巻き起こった竜巻がすべてを薙ぎ払う。
強烈なプレッシャーと危険を感じたファウストは、誰とも知れず存在に攻撃を仕掛けようとした。
しかし!
金色の瞳で睨まれただけで、身体が硬直して動けなくなってしまった。
瞳に籠もった強い魔力。それだけでアステアが誇る魔導学院の教師の動きを制してしまったのだ。
そこに立っていたのは、露出の激しい黒いレザーで身を包んだ女。そして、大鎌をモチーフにしたギターを背負っていた。
息を呑むルーファス。
冷静に茶を飲むカーシャ。
そして、ビビは言葉を呑み込み突然逃げ出した。
だが!
「待ちなビビ!」
鋼のような女な声が響き、ビビはその女に首根っこを掴まれていた。
恐る恐る振り返ったビビ。
「……マ、ママ……久しぶり」
なんと失敗した召喚で現れたのはビビのママだったのだ!
ルーファス愕然。
「な、なんだってー!」
カーシャは表情を崩さない。
「(顔が似ている。胸は断然母親のほうが大きいが、妾よりは小さいな、ふふっ)」
しかし、ビビのママが現れるなんて、こんな偶然あるのだろうか?
いや、これは偶然ではなかったのだ。
「シェリルの魔力を辿ってやっと見つけたよ。まさかこの世界にいるなんてね、ったく、親にこんな苦労させんじゃないよ。ほら、さっさと帰るよ!」
シェリルとはビビの本名である。
実はビビは家出真っ最中で、ず〜っと親に捜索されていたりしたのだ。
そして、ついに見つかってしまった。
ビビはママの手を振り切って逃げようとする。
「やだもん、絶対に帰らないんだから!(もう決めたんだから、なにがあっても家には帰りたくない)」
「聞き分けのない小娘だね、ったく誰に似たんだか」
「ママに似たのぉ〜!」
「アンタはパパ似だろ。子供っぽいとこがそっくりだよ!」
「パパといっしょにしないで、キモチ悪い!」
父親というのは年頃の娘に嫌われるものだ。
ようやく呪縛から解き放たれ身動きの自由を得たファウストが、親子の間に割って入った。
「ここはクラウス魔導学院の敷地内だ。親子喧嘩ならば別の場所でやってもらおう」
先ほど魔力で制されたというのに、まったく物怖じしていないところはさすがというところか。それどころか、ファウストの全身からは黒いマナが漲っている。スゴイ敵意だ。
ビビママは余裕の冷笑でファウストを見下している。正確には長身のファウストを下から上目遣いで見つめている。
「若造がうるさいねぇ。アタシとヤリたりのかい?」
「アステア王国では外国・異世界問わずに訪問者を歓迎している。7日日以内の滞在にはビザを必用としないが、それ以上親子喧嘩が長引くようであれば、正式な手続きを行ってもらおう」
「そんなに長引くわきゃないだろ、今すぐ……いない!?」
捕まえていたハズのビビがいない!
どこに行ったのかと首を振るビビママの視線の先に立っているルーファス。その背中にビビは隠れていた。
「ルーちゃんあんなオバサンやっつけちゃって!」
「オバサンってビビのお母さんでしょ? 無理だよ、私にそんなことできるわけ……(見るからに怖そうで強そうだし)」
ルーファス、ガクガクブルブル。
ビビママが近付いてくる。ビビにというより、ルーファス目掛けて近付いてきた。そして、ルーファスの前で止まったかと思うと、舐めるようにルーファスのつま先から頭の先まで見回して、鼻を『ふふ〜ん』と鳴らした。
「アンタ誰だい? まさかシェリルの彼氏ってわけじゃないだろうねえ?」
そう来たか!!
ビックリしたビビが絶叫する。
「ママーッ!!」
言葉に詰まりながらルーファスも叫ぶ。
「ち、違いますからーッ!!」
ビビママは残念そうな顔をした。『あ〜あ、つまんない』という残念な顔だ。
「まっ、アタシはシェリルが誰と付き合おうと構わないんだけどね。こんなひ弱そうな男じゃ、パパに殺されるだろうけど。そ、れ、と、遊びで付き合うならいいけど、結婚する気なら同じ種族じゃないと反感買うことになるよ、役人や国民からね」
ビビの容姿は人間に近いが、まったく別の種族である。比較的開けたアステアでも、異種族間の結婚は異端とされることが多く、ほかの国となれば迫害の可能性もある。
ルーファスの背中に隠れながらビビがママに食ってかかる。
「アタシが誰と付き合って誰と結婚しようが勝手でしょ!」
「勝手なことがあるもんか、アンタいちよう第一皇女なんだよ!」
ビビママの発言で、辺りは一気に静まり返った。
ファウストは眉をひそめ、カーシャはニヤリと笑い、ルーファスは腰が砕けた。
「ビ、ビビが皇女ぉ〜〜〜!!」
尻餅をついておののくルーファス。
すぐさまビビが笑って誤魔化す。
「あはは、アタシが皇女なんてうそうそー。どう見たってただのちょっと激しい音楽が好きな一般人でしょ?」
が、すかさずビビママがツッコミ。
「アタシの名前はモルガン・ベル・バラド・アズラエル。旦那の名前はディーズ・ベル・バラド・アズラエル。そして、娘の名前はシェリル・ベル・バラド・アズラエル。正真正銘のアズラエル帝国の第一皇女だよ」
しかし、こんなことじゃへこたれないビビ!
「そんな証拠ないじゃん!!」
たしかに、今のところモルガンが口で言ってるに過ぎない。
ここでカーシャが後方支援。
「知っておったぞ、ビビが外国の皇女だってことくらい(言わないほうがおもしろそうだから、ここぞと時まで黙っておくつもりだったのだがな)」
モルガンの後方支援だった。
ファウストは頭を抱えていた。
「(まさか外国の皇族を呼び出してしまうとは、外交問題に発展するかもしれん)」
しかも、召喚術の失敗を招いたのは、他ならぬファウストだ。もちろんカーシャの挑発やルーファスの凶運、はじめからモルガンがビビを探していたこともあってだが。
さらにはじめにビビを呼び出してしまったルーファスの立場も危うい。話があらぬ方向に行って、皇女を誘拐なんてことに話がこじれる可能性だってないとは言い切れない。
ファウストはビビに対する態度を変えた。
「ビビ皇女、貴殿は皇妃と共にご帰国ください」
普段はカーシャと張り合って、校舎内で高等魔法をぶっ放していても、大人としての良識は持っている。が、こっちに大人はそんな良識なんてあるハズもなかった。
「良かったなルーファス、ビビと結婚すれば将来一国の主だぞ(その器じゃないがな、ふふっ)」
煽りやがったこの女。
そして乗せられるモルガン。
「ほほう、やっぱりシェリルの彼氏ってわけか、見目ないねぇーアタシの娘のクセして。でもなんでも言うこと聞いてくれそうだし、死ぬまでこき使えそうな感じではあるけど」
作品名:魔導士ルーファス(1) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)