魔導士ルーファス(1)
未知との遭遇2
世の中、見なかったことにする、もしくはなにもなかったことにするのが1番である。
というわけで、ルーファスとビビがやって来たのは、カーシャの自宅だった。
「お前から尋ねて来るとは久しぶりだな(……しかもビビ同伴……もしや、いつの間にかルーファスとビビは親密な関係に……なんてな、ふふ)」
そう言いながらカーシャは空のカップを2つテーブルに置いた。セルフサービスだから自分で勝手に紅茶でもコーヒーでも淹れろよ、という暗黙の意思表示である。
ルーファスはビビの分のカップも持ってキッチンに向かった。
一方ビビは、驚いた顔をしながら部屋中を隈なく観察していた。
ピンクのテーブル、ピンクの椅子、ピンクの家具と小物、大量に飾ってあるぬいぐるみもピンクだ。目が痛いだけでなく、なぜか心も痛くなる光景だ。
カーシャは自分のことをなにか言いたそう見つめるビビに気づいた。
「なんだ?(なんだその珍獣でも見るような眼つきは)」
「カーシャってピンク好きなの?(……ちょっと意外)」
「悪いか?(喧嘩なら買うぞ)」
「ぜんぜん、アタシもピンク好きだし。ほら、アタシの髪の毛もピンクでしょ?」
ビビの髪の毛はピンクのツインテールである。
カーシャは目を伏せて黙り込み、しばらくしてボソッと呟いた。
「……最悪だ(こんな小娘と趣味が被るなど、生き恥以外のなにものでもない)」
「ひっどーい、最悪ってなにそれ!」
「いつかお前の髪を緑に染めてくれるわ(毒気が抜けてクリーンになれるぞ、ふふ)」
「ピンクはカーシャだけのものじゃないんだからね!」
小さな言い争いが大きな争いに発展する前に、2人の間に湯気の薫るカップを持ったルーファスが割って入った。
「はい、コーヒーと紅茶、好きなほう取ってね」
ウサギ柄とネコ柄のカップがテーブルに置かれると、2本の手が伸びてカップを2つ持っていった。紅茶をビビ、コーヒーをカーシャ、ルーファスの分がない!
「あのぉ、私の分がないんだけど?」
「そんなの自分で淹れればよいだろう」
バッサリ切り捨てたカーシャさん。
「(だから今、淹れた来たのに……カーシャが取るんだもん)」
その言葉をルーファスは心だけにとどめた。
またキッチンに向かおうとしたルーファスの背中をカーシャが呼び止めた。
「で、なんの用があって来たのだ?(意味もなく人の家に尋ねに来るはずがない。妾は意味なくルーファスの家に行くがな)」
ルーファスが振り返った。
「いや別に、せっかくの休日だし散歩ついでに遊びに来たって言うか」
「ビビと一緒にか?(まさかデートか!)」
「それどういう意味?」
「(妾の考えすぎか、デートで人のうちに遊びに行く戯けはいない……いや、ルーファスは無神経というか、うといからやるかもしれんな)別に意味はない」
「そう(……なんであんなこと聞いたんだろう?)」
首を傾げながらルーファスはキッチンに消えた。
ビビは近くにあったリモコンを手にとって、いつの間にか勝手にテレビを見ていた。
「なんかおもしろいテレビやってないかぁ」
次々とチャンネルが回され、画面にアニメが映された。それを見てビビは目を丸くした。
「プリティミューの再放送じゃん!」
プリティミューとは、ゴスロリ姿の主人公が世界の平和を守るため、悪の軍団ジョーカーと戦うアニメである。
チャンネルが突然変わった。
「人のうちで勝手にテレビを見るな」
カーシャだった。ビビからリモコンを奪って、適当なチャンネルに変えてしまった。
ビビはすぐにリモコンを取り戻そうと腕を伸ばした。
「テレビくらい見たっていいじゃん」
「テレビのチャンネル権は家の主にあるものだ」
「なにその権利」
「いいから勝手にテレビを見るなと言うておるだろう」
「ケチ!」
リモコンを奪い合って争いがはじまってしまった。今リモコンを持っているのはカーシャだ。
腕を上いっぱいに伸ばして高く上げられたリモコンに、飛びつこうとビビがジャンプする。
そんな光景を見ながらいつの間に戻って来たルーファスは思う。
「(テレビ本体でチャンネル回せばいいのに)」
2人の争いを止めに入らないのはルーファスの仕様だ。
ついにビビがリモコンを奪還した――と思ったらカーシャが奪い返す。チャンネルが次々と回される。
とある画面が映し出された瞬間、ついにルーファスが口を挟んだ。
「ストップ! 今の映像は……(見てはいけないものを見てしまったような)」
一斉にビビとカーシャの顔がルーファスに向けられた。
リモコンを握っていたカーシャが、ルーファスがストップをかけたチャンネルまで戻した。すると映し出された映像はニュース番組のようだった。
『王都アステアに突如現れた生物はその進路を徐々に……ぎゃ〜っ!』
リポーターの男が謎の触手に巻き付かれてフレームアウトした。
なんか見たことのある触手だったが、ルーファスは見なかったことにした。
「やっぱりテレビは消したほうがいいよ、うん」
ルーファスがテレビ本体に手を伸ばそうとすると、その手首をカーシャによって掴まれた。
「待て、なんだ今のタコの足のような物は?(アステアと言っていたが、なにが起きているのだ?)」
プロ根性を見せるカメラマンは、その場から逃げることなくその映像を映し続けた。
町中で暴れまわる謎の生物。タコのような足で周りの家々を破壊するその姿。足の長さを含まない体長だけでも、2階建ての家に匹敵する高さだった。
のんびりと紅茶を飲みながらビビがひと言。
「なんか大きく育ってるねぇ」
最初に見たときよりも、だいぶ大きくなっているようだ。しかも、騒ぎが甚大になっていた。
自分が召喚しました――なんて口が裂けても言えない。
ルーファスは空になったカップを飲み続けた。
疑惑の眼差しでカーシャはビビを見た。
「あの怪物のことを知っているのか?」
「うん♪ ルーちゃんが召喚したの」
カーシャの視線を向けられる前にルーファスは逃亡しようとしていた。
「急用を思い出したから帰るね」
帰ろうとするルーファスの首根っこをカーシャが掴んだ。
「ちょっと待て、詳しい話を聞かせてもらおうではないか、ふふふ(面白いことになってきたぞ)」
慌ててルーファスが弁解をはじめる。
「ちょ、待ってよ。僕じゃないんだ、あの、その、ビビがさ、いけないんだよ。僕の召喚の邪魔するから」
「アタシなにも知らないも〜ん、きゃは☆」
見事にしらばっくれた。こういうところが仔悪魔だ。見た目に可愛さに騙されるな!
なんだか強引に話が進められ、気付けばルーファスはホウキの後部座席に乗せられていた。
ホウキを運転するカーシャにしがみついて、必死に振り落とされまいとするルーファス。
「カーシャもっとゆっくり!」
「悠長なことを言うな、現場が立ち入り禁止なる前に急ぐぞ!」
2人を乗せたホウキは王都アステア上空を低空飛行して、イカタッコン星人が視界に入るところまでやって来ていた。
ちなみにビビはホウキが2人乗りだったの置いていかれた。
ホウキはイカタッコン星人の上空をクルクル旋回した。
作品名:魔導士ルーファス(1) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)