魔導士ルーファス(1)
凍える記憶3
白い視界の中でルーファスは目覚めた。
背中からゴソっと雪を落として、ルーファスは四つん這いになりながら立った。
「……死ぬかと思ったーっ!」
まさに危機一髪ルーファスは生きていた。
多少の雪には埋もれたが、どうやら本体の雪は背中の上を通り越して、もっと下まで落ちてしまったらしい。
足元を見ると、身体に巻かれていたはずのスパイダーネットが、足だけに巻きついていた。雪の摩擦でずり落ちたのだろう。
しかも、運がいいことに、そのネットが岩に引っかかり、ルーファスとの身体を支えていた。
つまり、ネットが岩に引っかかり、雪崩の雪に巻き込まれずに、その場に留まることができたのだ。
結果、雪はルーファスの上を越えていった。
足からネットを取り、ルーファスは雪原に立った。
少しずつ雪が降りはじめていた。
辺りを見回しながらルーファスは冷や汗を凍らせた。
「……ローゼンクロイツ?」
が、いない!!
心細いなんてもんじゃない。
ルーファス独りじゃ死ぬしッ!!
「ローゼンクロイツ!!」
返事はない。ルーファスは独りぼっちのようだ。
見事に遭難?
「落ち着けルーファス」
自分の名前を呼んで客観的に自分を落ち着かせる。
「落ち着くんだルーファス、これは魔導学院の訓練なんだ。こんな状況は元々想定内で、この困難を乗り越えてゴールするのが趣旨のハズだ」
気を取り直してルーファスは拳を握った。
「(僕だって魔導学院に入学できたんだ。その学院の訓練くらいクリアしなきゃ)」
まずは状況確認だ。
Q1.ここはどこだ?
「(どこかなんてわかるわけないじゃん)」
Q2.仲間は近くにいるか?
「(ローゼンクロイツの姿も見当たらない。無事かなぁ?)」
Q3.装備は万全か?
「ぐあーっ!(カイロがない!?)」
Q4.緊急用の黄色い卵は?
「ぐわーっ!(卵がない!?」
絶望的だった。
カイロは貼ってある物のみ。卵は残りのカイロと落としたらしい。
ここでルーファスは後悔した。
「(6時間用……使っとけばよかった)」
貧乏性というかなんというか、そんなもののせいでルーファスは6時間用ではなく、30分用のカイロを使っていた。
そこそこ貼り替えてすぐのような気もするし、雪の中で長く気絶していた可能性もある。
少なくとも、まだカイロの効果は持続していた。
このカイロが切れたときは……死。
「ぎゃーっ、マジで!!」
黄色い卵もなく、助けは呼べない。
「ローゼンクロイツ!」
やっぱり返事はなかった。
ここからの行動ひとつひとつが、ルーファスの生死を左右するといっても過言ではない。
今の場所を動かずに救助を待つか?
それとも自ら誰かを探すか?
探すにしても、山を登るべきか下るべきか?
――結果、ルーファスは考え込みその場に留まった。
「(カイロが切れたらどうしよう。なんとかして暖を取らなきゃ)」
今の時点でもっとも近い死因は凍死。しかし、火種を魔導で出すとしても、燃やすものがない。
次に可能性が高いのが餓死。食料なんて持ってきてない。狩りでもするか?
他の死因はどのようなものがあるだろうか?
とにかく迫り来る死を1つずつ回避しなくちゃいけない。
そして、死はすぐそこまで迫っていた。
立ち止まって考え事をするルーファスの前に、四つ足の影が姿を見せて吠えた。
銀色の長い毛に覆われたイヌ科の動物。グラーシュオオカミだった。
気付いたルーファスが逃げようと振り返ると、すでにそこには他のオオカミが……。2匹だけはない。数匹のオオカミに周りを囲まれていた。
オオカミは群で行動する動物だ。
1匹いたら何匹もいると思え!
まるでゴキブリかっ!
周りを囲まれたルーファスに逃げ場はない!
オオカミたちが一斉に襲い掛かってきた。
焦るルーファスは手を地面に向けた。
「エアプレッシャー!」
ルーファスが放った風が雪煙を起こし、オオカミたちから視界を奪う。
それでもオオカミたちは雪煙に飛び込んだ。
しかし、ルーファスはすでに上空に舞い上がっていた。
地面に圧縮された空気を叩き付け、身体を浮き上がらせて逃げたのだ。
が、引力の法則にしたがって、そのまま下に落ちる。下にはオオカミたちがいるではないか!
ドスン!
ルーファスの尻がオオカミの脳天にヒット!
オオカミ1匹をノックダウンさせた。
そのままルーファスは逃げる。
後ろからは怒ったオオカミが追ってくる。
雪山でのルーファスは明らかに不利だ。この山に棲んでいるグラーシュオオカミに敵うはずがない。
走って逃げるには限界が……コケたっ!
ルーファスがコケた。
その上をオオカミが跳び越して行った。コケて命拾いしたようだ。
だが、コケているルーファスに2匹目が飛び掛る。
ルーファスはすぐにうつ伏せから仰向けになり、両手にマナを集中させた。
「ごめんなさいエアプレッシャー!」
と叫んでルーファスの手から空気の塊が放たれた。
腹に圧縮空気を喰らったオオカミが宙を飛ぶ。
まだオオカミいる。
「本当にごめんなさいエアナックル!」
横殴りにされたルーファスの拳から風が撃たれる。
空気のパンチはオオカミの真横を掠り、外れた。
しまった顔をするルーファスにオオカミが飛び掛る。横からも別のオオカミが襲い掛かってきていた。
他者を傷つける魔導などいくらでもある。けれどルーファスはそれを使うことに躊躇いを覚えた。
魔導師とは魔導の心理を追求するもの。
魔導士とは魔導を使い戦う者たちのこと。
ルーファスは戦うことを避けた。
「エアプレッシャー!」
地面に空気をぶつけてルーファスは宙に舞い上がった。
オオカミたちはもバカではない。落ちてくるルーファスに備え構える。
「シルフウィンド!」
だが、ルーファスは落ちなかった。
風に乗り宙を走る。まるで風でサーフィンをしているようだ。けれど、この魔導を使いこなすのは、サーフィンよりも運動神経やバランス感覚を必要とする。
もちろんルーファスは落ちる。
「ぐあーっ!」
下にはオオカミたちが待ち構えて……いない代わりにクレバスが大きな口を開けていた。
大きく開いた割れ目にルーファスはまっ逆さまに落下した。
「ぎゃーーーっ!」
ルーファスの叫びは深い割れ目の中に吸い込まれていった。
「へっくしょん!」
鼻水ブハーッでルーファスは大きなクシャミをした。
割れ目の底を歩いて数分、ついにカイロが切れた。
急激に襲ってくる寒さにルーファスは凍えた。
左右は崖に挟まれたようで、登るにしても数十メートルある。あの高さから落ちて命が助かったのは幸運だった。その代償は左足骨折だ。
足を引きずりながらルーファスは先を急いだ。
歩いている方向に助けがあるとは限らない。それでも怪我をした足では、なおさら上には登れない。そうなると前か後ろの2択しかない。
まあ、最悪どっちに進んでも助からないかもね!!
「……ねもい」
ルーファスは眠かった。
お約束の『寝たら死ぬぞ!』現象だ。
「(寝たまま死ねたら案外幸せかも……えへへ)」
もうルーファス寝る気満々。
作品名:魔導士ルーファス(1) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)