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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導士ルーファス(1)

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凍える記憶3


 白い視界の中でルーファスは目覚めた。
 背中からゴソっと雪を落として、ルーファスは四つん這いになりながら立った。
「……死ぬかと思ったーっ!」
 まさに危機一髪ルーファスは生きていた。
 多少の雪には埋もれたが、どうやら本体の雪は背中の上を通り越して、もっと下まで落ちてしまったらしい。
 足元を見ると、身体に巻かれていたはずのスパイダーネットが、足だけに巻きついていた。雪の摩擦でずり落ちたのだろう。
 しかも、運がいいことに、そのネットが岩に引っかかり、ルーファスとの身体を支えていた。
 つまり、ネットが岩に引っかかり、雪崩の雪に巻き込まれずに、その場に留まることができたのだ。
 結果、雪はルーファスの上を越えていった。
 足からネットを取り、ルーファスは雪原に立った。
 少しずつ雪が降りはじめていた。
 辺りを見回しながらルーファスは冷や汗を凍らせた。
「……ローゼンクロイツ?」
 が、いない!!
 心細いなんてもんじゃない。
 ルーファス独りじゃ死ぬしッ!!
「ローゼンクロイツ!!」
 返事はない。ルーファスは独りぼっちのようだ。
 見事に遭難?
「落ち着けルーファス」
 自分の名前を呼んで客観的に自分を落ち着かせる。
「落ち着くんだルーファス、これは魔導学院の訓練なんだ。こんな状況は元々想定内で、この困難を乗り越えてゴールするのが趣旨のハズだ」
 気を取り直してルーファスは拳を握った。
「(僕だって魔導学院に入学できたんだ。その学院の訓練くらいクリアしなきゃ)」
 まずは状況確認だ。
 Q1.ここはどこだ?
「(どこかなんてわかるわけないじゃん)」
 Q2.仲間は近くにいるか?
「(ローゼンクロイツの姿も見当たらない。無事かなぁ?)」
 Q3.装備は万全か?
「ぐあーっ!(カイロがない!?)」
 Q4.緊急用の黄色い卵は?
「ぐわーっ!(卵がない!?」
 絶望的だった。
 カイロは貼ってある物のみ。卵は残りのカイロと落としたらしい。
 ここでルーファスは後悔した。
「(6時間用……使っとけばよかった)」
 貧乏性というかなんというか、そんなもののせいでルーファスは6時間用ではなく、30分用のカイロを使っていた。
 そこそこ貼り替えてすぐのような気もするし、雪の中で長く気絶していた可能性もある。
 少なくとも、まだカイロの効果は持続していた。
 このカイロが切れたときは……死。
「ぎゃーっ、マジで!!」
 黄色い卵もなく、助けは呼べない。
「ローゼンクロイツ!」
 やっぱり返事はなかった。
 ここからの行動ひとつひとつが、ルーファスの生死を左右するといっても過言ではない。
 今の場所を動かずに救助を待つか?
 それとも自ら誰かを探すか?
 探すにしても、山を登るべきか下るべきか?
 ――結果、ルーファスは考え込みその場に留まった。
「(カイロが切れたらどうしよう。なんとかして暖を取らなきゃ)」
 今の時点でもっとも近い死因は凍死。しかし、火種を魔導で出すとしても、燃やすものがない。
 次に可能性が高いのが餓死。食料なんて持ってきてない。狩りでもするか?
 他の死因はどのようなものがあるだろうか?
 とにかく迫り来る死を1つずつ回避しなくちゃいけない。
 そして、死はすぐそこまで迫っていた。
 立ち止まって考え事をするルーファスの前に、四つ足の影が姿を見せて吠えた。
 銀色の長い毛に覆われたイヌ科の動物。グラーシュオオカミだった。
 気付いたルーファスが逃げようと振り返ると、すでにそこには他のオオカミが……。2匹だけはない。数匹のオオカミに周りを囲まれていた。
 オオカミは群で行動する動物だ。
 1匹いたら何匹もいると思え!
 まるでゴキブリかっ!
 周りを囲まれたルーファスに逃げ場はない!
 オオカミたちが一斉に襲い掛かってきた。
 焦るルーファスは手を地面に向けた。
「エアプレッシャー!」
 ルーファスが放った風が雪煙を起こし、オオカミたちから視界を奪う。
 それでもオオカミたちは雪煙に飛び込んだ。
 しかし、ルーファスはすでに上空に舞い上がっていた。
 地面に圧縮された空気を叩き付け、身体を浮き上がらせて逃げたのだ。
 が、引力の法則にしたがって、そのまま下に落ちる。下にはオオカミたちがいるではないか!
 ドスン!
 ルーファスの尻がオオカミの脳天にヒット!
 オオカミ1匹をノックダウンさせた。
 そのままルーファスは逃げる。
 後ろからは怒ったオオカミが追ってくる。
 雪山でのルーファスは明らかに不利だ。この山に棲んでいるグラーシュオオカミに敵うはずがない。
 走って逃げるには限界が……コケたっ!
 ルーファスがコケた。
 その上をオオカミが跳び越して行った。コケて命拾いしたようだ。
 だが、コケているルーファスに2匹目が飛び掛る。
 ルーファスはすぐにうつ伏せから仰向けになり、両手にマナを集中させた。
「ごめんなさいエアプレッシャー!」
 と叫んでルーファスの手から空気の塊が放たれた。
 腹に圧縮空気を喰らったオオカミが宙を飛ぶ。
 まだオオカミいる。
「本当にごめんなさいエアナックル!」
 横殴りにされたルーファスの拳から風が撃たれる。
 空気のパンチはオオカミの真横を掠り、外れた。
 しまった顔をするルーファスにオオカミが飛び掛る。横からも別のオオカミが襲い掛かってきていた。
 他者を傷つける魔導などいくらでもある。けれどルーファスはそれを使うことに躊躇いを覚えた。
 魔導師とは魔導の心理を追求するもの。
 魔導士とは魔導を使い戦う者たちのこと。
 ルーファスは戦うことを避けた。
「エアプレッシャー!」
 地面に空気をぶつけてルーファスは宙に舞い上がった。
 オオカミたちはもバカではない。落ちてくるルーファスに備え構える。
「シルフウィンド!」
 だが、ルーファスは落ちなかった。
 風に乗り宙を走る。まるで風でサーフィンをしているようだ。けれど、この魔導を使いこなすのは、サーフィンよりも運動神経やバランス感覚を必要とする。
 もちろんルーファスは落ちる。
「ぐあーっ!」
 下にはオオカミたちが待ち構えて……いない代わりにクレバスが大きな口を開けていた。
 大きく開いた割れ目にルーファスはまっ逆さまに落下した。
「ぎゃーーーっ!」
 ルーファスの叫びは深い割れ目の中に吸い込まれていった。

「へっくしょん!」
 鼻水ブハーッでルーファスは大きなクシャミをした。
 割れ目の底を歩いて数分、ついにカイロが切れた。
 急激に襲ってくる寒さにルーファスは凍えた。
 左右は崖に挟まれたようで、登るにしても数十メートルある。あの高さから落ちて命が助かったのは幸運だった。その代償は左足骨折だ。
 足を引きずりながらルーファスは先を急いだ。
 歩いている方向に助けがあるとは限らない。それでも怪我をした足では、なおさら上には登れない。そうなると前か後ろの2択しかない。
 まあ、最悪どっちに進んでも助からないかもね!!
「……ねもい」
 ルーファスは眠かった。
 お約束の『寝たら死ぬぞ!』現象だ。
「(寝たまま死ねたら案外幸せかも……えへへ)」
 もうルーファス寝る気満々。