魔導士ルーファス(1)
「日々忙しい生活をしていると、どうでもいいことは忘れてしまうんだ。1対1ってなんの話だい?」
ローゼンクロイツもそれに続いた。
「……覚えてない(ふあふあ)」
数秒の間があった。
「「てめぇら!!」」
オル&ロスは双頭犬のように吠えた。
だがもう負け犬。
グルグル巻きの双子を同じ所に運び、クラウスは2人から黄色い卵を奪った。
「悪く思わないでくれよ。政治もそうだが、勝たなければなんの意味もないんだ」
奪った卵を地面に投げつけると、中からドーム型避難所ができた。人が横になれるくらいの大きさで、双子を放り込むだけなら十分の大きさだ。
まだなんか吠えている双子を中に押し込み、ドームのドアを閉じてしまった。まだ、なんか中で吠えているが放置。
3人は山頂を目指して、再び先を急いだ。
山頂への道はまだまだ遠い。
ルーファスはカイロが切れそうだったので、新しいカイロに張り替えようとしていた。
「どうしようかなぁ、6時間用使っちゃおうかな」
横からクラウスが口を挿んだ。
「なに迷ってるんだ? 使えばいいだろ」
「だってもったいないじゃないか。こういうのはやっぱり30分のを使い切ってから使うべきだよ」
そんなルーファスの横で、ローゼンクロイツもカイロを取り替えようとしていた。もちろん6時間用だ。ルーファスみたいなケチ臭いことは言わない。
ローゼンクロイツはお腹に捲り、張ってあったカイロをポイッとして、新しいカイロをペタッとした。
雪に上に捨てられたカイロをクラウスが拾う。
「ダメだろ捨てたら。自然環境を壊す気か?」
「……持ち帰るのダルイ(ふぅ)」
ものすごく嫌そうな顔を作るローゼンクロイツ。
それを見てクラウスは、
「わかったよ、僕が持ち帰る(まったく環境問題のことなにも考えてないんだな)」
少しプンプンしているクラウスを見て、ルーファスは使い終わったカイロをポケットにしまった。
――自分のもお願い♪
なんて気持ちが過ぎったのは言えない。
自分のゴミは自分で持ち帰りましょう!
ゴミのポイ捨てはやめましょう!
マナーです!!
カイロを張り替えたところで再出発だ。
3人が歩き出そうとしたそのとき、ローゼンクロイツが気配を感じて振り返った。
「……なんかいる(ふあふあ)」
ルーファスとクラウスも、ローゼンクロイツを見ている場所をズームアップ。
雪に混ざってわかりづらいが、白いモッサモッサした毛が見える。
モッサモッサ毛の下から、まん丸の瞳が覗いた。
サルのような顔をしている何かがコッチを見ている。
ちっちゃくて丸っこい、絵に描いたようにカワイイサルだ。しかも白い。
……クラウスがひらめいた。
「珍獣ホワイキーだ!(まさか本当にいるなんて!)」
感動に興奮して目を輝かせるクラウス。
だが、ルーファスにはイマイチ伝わらない。
「なにそれ?」
「グラーシュ山脈の珍獣ホワイキーだよ! 目撃情報は何度かあったけど、その詳細な情報はなにひとつわかっていない、未確認生物なんだ!」
「ただの白いサルじゃなくて?」
「なにを言ってるんだ、サルじゃなくてホワイキーだよ。目撃情報によると空も飛ぶらしい!」
「はぁ?」
もうなんだかルーファス置いてけぼり。
クラウスは先を独走しすぎ。
ローゼンクロイツは最初から興味なし。
しばらくその場をじっとしていたホワイキーが走り出した。その後姿に生えた尻尾は体長よりも長いかもしれない。
カメラを構えたクラウスも走り出した。追ってルーファスとローゼンクロイツも走る。
足場の悪い雪山をホワイキーは難なく走り抜ける。
必死になってクラウスは追った。その後に続く二人も必死……なのはルーファスだけ。
ローゼンクロイツは余裕でクラウスの横につけている。
「エナジーチェーンで捕獲すればいいのに(ふあふあ)」
「動きが早い。なにより傷つけないか心配だ」
そう言いながらクラウスはカメラのシャッターを切る。けれど、相手のスピードも速く、こっちも走っているのでどうしてもブレる。
ローゼンクロイツは大気中のマナを手に溜めた。
「なら、スパイダーネット(ふにふに)」
蜘蛛の糸のような物質がローゼンクロイツの掌から放たれた。それは飛ばされた直後は細かったが、次第に大きく広がり風呂敷を広げたように大きくなった。
物体をキャッチする面積も大きく、軽くて柔らかいので物体を傷つけることもない。ただし、軽いために広がると放たれた速度がゆっくりになる。つまりパラシュートと同じ現象になる。
遠く離れた場所や後ろからは効果が望めないのだ。
大きく広がったスパイダーネットはホワイキーを外し、風に乗ってローゼンクロイツの後ろに行ってしまった。
「ああっ!」
なにやら前を走る二人の後ろのほうで、なんか聞こえたような気がした。
後ろを向くとルーファスがスパイダーネットに捕まっていた。
だがクラウスは気付かず、ホワイキーを追って姿を消してしまった。
運良く気付いたローゼンクロイツがルーファスに駆け寄る。
「ごめん(ふあふあ)」
「ごめんはいいから早く解いて」
ネットに捕らえられた拍子に転倒し、その勢いでネットが身体と絡まってしまった。
ローゼンクロイツは指先から小さなカマイタチを出し、少しずつルーファスを傷つけないようにネットを切っていく。ものすごく地味で根気の要る作業だ。
「……飽きた(ふぅ)」
根気が持たなかったらしい。ローゼンクロイツは手を止めてしまった。
「ちょっとやめないでよ!」
「あとは自分でやるといいよ(ふあふあ)」
「腕が固定されて指先も変な方向向いてるからムリ。てゆーか、君がやったんだから、最後までちゃんとやってよ」
「でも……飽きた(ふぅ)」
「じゃあせめて私の手が自由に動くくらいでいいからさー」
「だから……飽きた(ふぅ)」
頑張ってお願いしてもムリなような気がしてきた。
ルーファスピンチ?
ネットに絡まった状態でどうしろと?
そんなルーファスに再び不穏なピンチが近づいていた。
ローゼンクロイツが耳をそばだてる。
「地鳴りが聴こえるよ(ふあふあ)」
ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォ……。
山を見上げると、雪煙をあげて雪崩が起きているのが見えた。
困ったことにコッチに迫っている。
予想を超えた雪崩のスピードと身動きのできないルーファス。
雪崩はすぐそこまで迫っていた。
ローゼンクロイツのエメラルドグリーンの瞳が輝き、五芒星の光が宿った。
「ライララライラ、レッドフレア!(ふにふに)」
古代魔導ライラだが、詩が不完全でマナが集まらない。雪崩が早すぎて詩を詠むヒマがなかったのだ。
ローゼンクロイツの両手が放ったフレアが、雪崩を溶かしながら吹き飛ばす!
だが、雪崩の勢いが強い。
ローゼンクロイツがボソッと呟く。
「……ムリ(ふー)」
ムリです宣言!
「ぎゃぁぁぁっ!!」
ルーファスの叫び声。
その直後、白い煙がルーファスたちを丸呑みにしてしまったのだった。
作品名:魔導士ルーファス(1) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)