魔導士ルーファス(1)
ドカーンと一発咲かせましょう2
ミズガルワーム湿地帯はアステア王国の首都から、だいぶ東方に行った場所にある。
魔導式蒸気機関車でも、長い距離があるために、どこかでワープ装置を使ったと予想される。
世界各地に点在するワープ装置は、決まった場所と場所を結ぶ瞬間移動装置で、これが量産化できれば世界に革命が起こると言われている。だが、この装置はロストテクノロジーの中でも解析不可能とされ、今までに何度も研究が行なわれてきたが、みな失敗に終わっている。
機関車とワープ装置を使い、ルーファスとクラウスはミズガルワームの湿地帯に来た。それも湿地帯のど真ん中に位置する場所だ。
古代人が作ったとされる塔の中に2人はいた。すぐ近くには今通ってきた水溜りにも似たワープ装置がある。
ここまでなんとなく来てしまったが、ルーファスはどんより暗い影を落としている。
「あ〜あ、着ちゃったよ(よりによってミズガルワームなんて)」
ミズガルワーム湿地帯は湿地帯の中でもたちが悪い。巨大な樹海の中に湿地帯が点々と存在し、数多くの肉食生物が弱肉強食の戦いを繰り広げている場所なのだ。
伝説によると、この湿地帯には巨大な水蛇がいるらしく、その名前がミズガルワームというのだ。
こんな場所に来るのは自殺志願者くらいのものだ。
もちろんルーファスは自殺志願者じゃない。
ただし、今はとってもウツ状態だった。
「最悪だ、塔の外には凶悪な爬虫類とか両生類がウジャウジャいるんだよ?(弱肉強食の原理から行って僕が食われるし)」
「ルーファス、ここまで来て引き下がったら男じゃないぞ!(でも、ルーファスはへっぽこだからなぁ、心配だ)」
「この際、男じゃなくていいし。やっぱり帰ろう、それがいいよ(まだ死にたくないし)」
「そんなこと言うなよ。たぶん先に行った教師たちが一掃してると思うが?」
そういう推測も一理ある。
ぐぁっ、しかし!
ネガティブキャンペーンのルーファスはそんな考え持ってない。
「あのねクラウス、例えばファウスト先生が強行突破で破壊活動して、そのあとをカーシャが大暴れしたとするでしょ、それで一掃できると思う?」
「カーシャ先生なら向かってきた敵を残らず消滅させると思うが?(外に出たら湿地帯がなくなっていたりしてな)」
「違うよ、みんなが大暴れして湿地帯の動物を煽って、今は湿地帯中ギラギラ光った眼でいっぱいだよ。きっと塔の外は殺気立ってるに違いないよ」
それもありえる。
結局のところ外に出てみないとわからない。
どーしても外に出たくないルーファスと、外に出たくてたまらないクラウス。
「ルーファス、せっかくここまで来たのだから、外の様子だけでも窺おう。危ないと思ったらすぐに引き返せばいいさ」
「ええ〜っ(でもねなぁ、ビビも先行っちゃってるんだよね)」
先の飛び出していったビビの背中姿が、ルーファスの脳裏に浮かぶ。
そして、ビビの笑顔。
仔悪魔スマイルがルーファスの脳裏に炸裂。
やっぱりビビは放っておけない、ルーファスは決意した。
「よし、行こう!(僕の気が変わらないうちに)」
言葉は気合が入っているが、心はまだ弱気だった。
ついに塔の外に出ることになり、黄土色で石造りの床を踏みしめて出口に向かった。
もう出口から外の景色が見えてきたところで、塔に入ってくる人影を見つけた。
背中を丸めて人を背負ったパラケルススだった。
すぐにクラウスがパラケルススに手を貸した。
「大丈夫ですかパラケルスス先生!」
「おぬしら、自習しとれと言っただろう。じゃが、今はそれよりも手を貸してくれ」
パラケルススを手伝い、背負われていた女子生徒を床に寝かせた。
蒼ざめた顔で生徒は気を失っている。ファウストのクラスの生徒だ。
パラケルススは生徒の脈や瞳孔を調べ難しい顔をした。
「おそらく毒じゃな。わしが治療すれば命は助かるが……(外には他にも生徒が)」
パラケルススはルーファスとクラウスの顔を、真剣な眼差しで見つめていた。
「おぬしら、湿地帯にはまだ負傷した生徒がいるかもしれん。無理はせんでいいから、探してきてくれんか?」
「無理です!」
ルーファス即答。授業の答えもこのくらい即答ならいいのだが。
「僕が行きます」
クラウスヤル気満々。授業もこんな感じで成績優秀だ。
だが、ルーファスは心配でたまらなかった。
目の前には毒にやられた生徒がいる。普通に入ってこれだ。捜索なんかで入ったら、難易度アップで、ミイラ取りがミイラになること間違いなし。特にルーファス。
クラウスはすぐに外に駆け出してしまった。
仕方なくルーファスもあとを追う。
2人の背中にパラケルススが声をかける。
「決して無理はするな!(クラウスとルーファスなら平気じゃろう)」
成績優秀のクラウスならともかく、へっぽこ魔導士とあだ名されるルーファスは心配だ。
だが、パラケルススはそうは思っていなかった。
「(たしかにルーファスはおっちょこちょいじゃが、秘めている実力ならば学年で1、2を争う。それに強運の持ち主じゃ)」
不幸体質で有名なルーファスだが、パラケルススはただの不幸でないと見抜いていた。
湿地帯は深い森に潜んでいる。
木漏れ日が森に差し込んでいるにはいるが、それでもどんよりと薄暗く、遠くは密林で見渡すことができない。
前ばかりに気を取られていると、足元に突然現れた湿地に足を取られてしまう。
身体をブルブル震わせながら、ルーファスは辺りをキョロキョロした。
「なんか奇声っていうか、変な鳴き声聴こえるし」
「ルーファス、僕の近くを離れるなよ」
「死んでも離れないから平気(死んでも取り憑いちゃおうかな)」
足元の湿地帯を確かめ、慎重に前へ進む。
水の中にはどんな生物が潜んでいるかわからない。迂闊に足を踏み入れることはできない。
のに、ルーファスはまる。
「わぁっ!?」
ズボッと両足を膝まで沈め、ルーファスは両手を振って慌てた。
「たたた、助けて!(死ぬし、死ぬし、死んじゃうよ!)」
ぬかるんだ水の底に足を捕られ、ルーファス脱出不可能。
クラウスが手を伸ばす。
「今助けるから落ち着け」
「早く助け――ぎゃっ!?」
水飛沫があがる眼前で、クラウスはルーファスが水の中に引きずり込まれるのを見た。
瞬時の判断でクラウスは魔導チェーンを放ち、ルーファスの身体に巻きつけた。
「ルーファス平気か!」
「ぐわっ……平気じゃない……見て……わかるだろ(ちぬ、ちぬぅ……)」
濁った水面から顔を出したり沈んだり。必死にもがくルーファスは死相を浮かべている。
銀色に輝くチェーンを拳に巻きつけ、クラウスは渾身の力を込めて引っ張った。だが、足元がぬかるんでいて思うように力が入らない。
それだけではない。ルーファスを引きずり込もうとする何者かの力が強い。
大きな水飛沫があがった。
一瞬だけ、太いまだら紐のようなものが見えた。
近くにいたルーファス。というか、ソレに引っ張られてるルーファスは、ソレがなんだかわかってしまった。
「(巨大蛇!?)」
水の中で巨大な蛇がうねっている。その太さはルーファスの太腿より太い。
作品名:魔導士ルーファス(1) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)