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短編集63(過去作品)

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「学校を卒業してから好きになりましたね。どこから勉強しても楽しめるところが嬉しいと思うんですよ。普通の勉強は、入り方が難しいけれど、歴史はどこから入っても四方を見渡すことで、次第に視野が広がっていきますからね」
「まさしくその通りですね。だから歴史なんですよ。時間と空間が巧みに作用しているから幅が広がるし、角度によって、また見方も違ってきますからね」
 歴史談義をしていると、夜を徹していても楽しいものだ。
 適度なアルコール、適度なつまみが話に味をつけてくれる。二人の話はいつも尽きることはなかった。
 屋形さんは戦国時代には造詣が深いという。戦国時代というと、誰もが興味を持ち、歴史に興味のない人でもそれなりに知っているのが、戦国の武将だったりする。
 しかし、華やかな部分、ちょっとした裏話程度がいつも表に出てくるが、実際にはもっと奥が深い。
 戦国の英雄として名高い人たちのほとんどは「下克上」の名の下に、裏切り、搾取を繰り返している。そうでなければ英雄として名を馳せることはできないだろう。実際には作られた武勇伝もなきにしもあらずで、もっと裏話を知りたいと思っている歴史に興味のある人も多いだろう。
 戦国時代に限らず、残っている書物の中には大げさなものもある。
 古くは「古事記」、「日本書紀」などの国造りや神を題材にした作品は、今の世の中からはなかなかイメージできない出来事が多い。大きなさじをかき回し、落ちてきたしずくが淡路島になったなどという逸話が残っていたりする。誇張しているというよりも、神秘的に描くことで、神を神聖化するのが目的なのだろうか。
 中世に入ると、「源氏物語」、「吾妻鏡」などの軍記ものが現れる。これもかなり誇張された内容になっていて、中には人間業では考えられないような話が次々に描かれている。
 そうなると、戦国時代に入れば、さらにいろいろなものが書かれる。
 それぞれの戦国大名といわれる武将が勢力図を拡大縮小しながらしのぎを削っているが、大名ごとに戦記や自伝のような形式で後世に残っているものもある。
 織田信長の「信長公記」などもその一つ。歴史の謎を解明する上で重要なものである。
 しかし、それも大名の側から書かれたもので、当時の民衆や農民がどのような生活だったかなど、分かるものではない。あくまでも想像などから歴史は作られているのだろう。
 また、なかなか負け組みについての真相も謎に包まれていることが多い。負けてしまうと、その瞬間からその人のこの世での命はおろか、名誉や名声まで失われることが多かった。
 もちろん、作為的なものもあったに違いない。頼朝の時代を知っている武将などは特にそうだろう。攻め滅ぼした相手の親族は、完全に滅しなければ、今度は自分の身が危ない。
 頼朝も、勝者であり、敵である平清盛のご加護があって一命をとりとめ、伊豆に配流されてしまう。
 しかし、平家に不満を持つ分子が発起し、兵を挙げるようになると、自然と頼朝も兵を挙げる。
 源氏の棟梁であった父義朝の嫡男である頼朝が兵を挙げないわけにも行かない。結局、頼朝を生かしておいたために、自らの死後、一族が滅亡させられるという悲劇を生むのである。
「頼朝の首を我が墓前に」
 これが清盛最後の願いであったことからも、歴史の因縁を感じずにはいられないだろう。
 屋形さんにとっては、清盛の話にかなり傾倒しているようだ。その後の歴史の教訓は、その時の清盛と頼朝によって手本が出来上がったというわけである。田端も、その当たりの事情は歴史の本を読んでいるうちに自然と身についてくる。現代にも共通することは多いからなのは、すぐに理解できた。
 屋形さんの別荘の呼び鈴を鳴らす。音はカッコウの声だった。山にふさわしい音ではあるが、あまり目立つ音ではない。
 屋形さんは、賑やかなことを嫌う人だった。
 仕事の合間をぬって、山にわざわざ別荘を買って、時々やってくるのだから、それは当然のことだろう。
 しかも、屋形さんにはもう一つの顔があった。
 フリーの歴史小説家でもある。あまり売れているわけではないので、
「道楽のようなものですよ」
 と言っているくらいなので、少し費用を出して自費出版から始めたようだ。それがいつの間にか出版社の人の目に留まり、少しだけの負担費用で、本を出している。
 元々屋形さんは、経済学の大学院に在学中に博士号を取っている。その時に本を出版したことがあり、偶然目に留めた出版社が、その時に出版したところだったのだ。
 その時の担当者の人がちょうど編集長をやっていて、屋形さんのことを覚えていたこともあり、出版はとんとん拍子に進んだ。
 一度、分野は違っても以前本を出版したことがあるということで旧知の仲である。
「うちでもう一度、出版してみませんか」
 編集長の話に屋形さんはその気になった。
 編集部には優秀な編集者がいて、編集には時間をたっぷりと掛けることで、本が出来上がるまでに期が熟していたようだ。
 出版してからは、本もそれなりに売れた。
 元々郷土の歴史の本を書いていたこともあって、本屋に郷土の歴史コーナーが設けられているところが多かったのも幸いした。
 何冊か本を出した中には増刷になったものもあり、まさか入ってくるはずがないと思っていた印税が入った時には嬉しかったに違いない。
 期待していないものが入ってくれば、笑いが止まらなくなる。堪えようとしても漏れてくる笑顔は、本当の笑顔ではないだろうか。屋形さんの今の表情にはかなり余裕が感じられる。その余裕を培ったのは、その時の経験だったに違いない。
 山間の村の伝説として、落ち武者伝説があるようだ。二人で酒を呑みながら話をした時に盛り上がったのも、落ち武者伝説の話だった。
「昔、ホラーで落ち武者伝説の話を見た時、本当に恐ろしかったんだ。木造家屋の家だったので、夜便所に行くのが怖くてね。夏に聞かされた話だったんだけど、便所だけがものすごく寒く感じるんだ。尿意を催した時って身体が震えたりするだろう? だから寒気がしていただけなのかも知れないって、今では思うんだけどね」
 笑いながら、屋形さんは話している。
「でも、僕にも覚えがあるんですが、怖い話を聞いた時って、なかなか興奮して眠れないですよね。目を瞑ると、そこにお化けがいるような気がするんですよ」
「落ち武者伝説には面白い話があるんだ。この村に住んでいた百姓の子供が、親から入ってはいけないと言われていた森の中に迷い込んでしまう」
「迷い込んだんですか? わざとではなく?」
「言い伝えではそうなっている。本当のところは分からない」
 と言われたが、田端にはなぜか森の中には迷い込んだのではなく、自分から入って行ったように思えてならない。それも勇敢な少年が、度胸を持ってではない。怖くてたまらないくせに、自分から入っていったのだ。考えていることと想像していることが矛盾していることに気付いていながら、話をしてくれている屋形さんに向かって、ついつい逆らいたくなってしまうのだ。
作品名:短編集63(過去作品) 作家名:森本晃次