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短編集63(過去作品)

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 これは異次元の世界とは違い、同じ時間の同じ世界が他にも存在していて、そこにはまったく同じ人間が存在している。酒井は、「パラレルワールド」の定義は知っているが、彼なりに違う解釈をしていた。
 ひょっとして学者が同じ発想を持っているかも知れないが、酒井の理論としては、その世界にも自分の魂が存在しているのだが、その魂は別の人の身体に宿っているというのだ。
 もし同じ身体に宿っているのであれば、自分は「パラレルワールド」を知っていることになる。
 もう一つの世界で自分の魂が存在するという理屈を考えたのは、「デジャブー」と言われる現象があることだ。
「行ったことも見たこともない景色なのに、以前に見たことがあるような気がする」
 というものである。夢で見たのだと考えるのも一つであるが、夢というのは潜在意識が見せるものであるので、まったく知らないはずのものが見れるというのもおかしな話だという理屈に立っている。
 織田信長らの武将が先見の明を持っているとすれば、パラレルワールドを知っていて、その世界が自分のいる世界よりも先に進んでいると考えれば辻褄が合う。
 要するに彼は「パラレルワールド」でも、「織田信長」なのだ。
「パラレルワールド」にも明智光秀や秀吉も存在しているだろう。しかも、自分の家臣としてである。
「パラレルワールド」がどんな世界であっても、信長は天下布武なのである。
 信長は本能寺で死んだのではない。「パラレルワールド」で生き続け、そのまま天下統一を成し遂げているのかも知れない。下手をすると、こちらの世界と、「パラレルワールド」に大きな溝を作ったのは信長だったのかも知れない。
 もし、信長がワームホールによるタイムパラドクスを引き起こしたのであればどうだろう?
 彼の暗殺は歴史が出した答えなのかも知れない。過去へ向った報いとして、最後に用意されていたのが暗殺だとして、それを秀吉が知っていたとすれば……。これもあまりにも常軌を逸した発想ではあるが、「中国大返し」も納得いくのではないだろうか。
 信長の「カリスマ性」は、「パラレルワールド」によって実証され、自分にとって都合のいい家臣を得ることができたのは、「パラレルワールド」でも織田信長として、天下を見ることができたからだという発想も捨てがたい。
 酒井の中にある、先駆者が一番偉いという発想、先駆者が信長のように「知ること」ができる立場にある人間である可能性も高い。必ずどこかにヒントは隠されているものだ。あらゆる発明品には必ず何らかの閃きがあるように、閃きには根拠が存在する。逆に根拠のないものは誰からも相手にされないし、実用性などありえない。それが酒井の考え方である。
 酒井にとって、「パラレルワールド」という考え方の方が信憑性があった。未来からやってきたという発想は、どうしても「タイムパラドクス」が引っかかってくる。さらに、「カリスマ性」という意味でも、都合のいい仲間の存在を否定できないものが酒井にはある。
 酒井にとっても、都合のいい仲間という発想は自分の人生にも付きまとっている。さらに先駆者への尊敬の念は他の人にはないものだという自負もある。
 家臣というわけでもないのに、酒井が望むことをまわりの友達がしてくれる。
「考えが同じだからだよ」
 と言ってくれるが、本当にそれだけだろうか。気持ち悪いくらいである。
 酒井は、逢坂を思い出していた。自分が知っているのは市になってからの逢坂なんだが、記憶の中には村の頃の逢坂も入っているような気がする。
 祠の井戸がまだ使われていたという意識までがある。それどころか、祠の井戸への意識が、逢坂市を離れてから次第に強くなってくるのだった。
――あの井戸の中には何かがあるんだ――
 あの井戸が使われなくなって、四百年は経っているだろうという話を長老である人から聞いたことがあった。
「そのことは村の中でも一人だけが絶えず知っていて、そのことを誰かに話した瞬間、その人はこの世からいなくなる。だから、いつも知っているのは一人なのだ」
 長老は、次の日に亡くなった。老衰だった。
――自分の死を予感していたみたいだ――
 今の今まで井戸の話を誰にもしたことはない。だが、井戸のことは頭から離れなかった。
 四百年というと、ちょうど江戸時代に入った頃だ。ついこの間熊本城が築城四百年といっていたっけ。
 織田信長は、一五八二年六月二日、京都の本能寺で明智光秀に殺されたとされるが、本当にそうなのだろうか?
 かつて歴史に名を残した人の多くが自害したことを疑う説もある。
 源義経しかり、西郷隆盛しかりである。義経などは、大陸に渡ってジンギス=カンになったという噂があったり、西郷隆盛も同じく大陸に渡り、ロシアまで行って、ロシア皇太子が来日の際に、復讐にやってくるなどというデマまで飛び出したほどだ。
 さらには平家の落ち武者伝説などを考えると、信長も密かに生き延びたという説があってもいいのではないだろうか?
 そのあたりが逢坂市に残っている信長伝説なのかも知れない。
 しかも、信長という人物のカリスマ性、それを引き継いでいると思われるのが酒井の一族なのかも知れない。
 だが、織田信長という人物。彼が本当に歴史に残っているような残虐非道な人物であったかというのも疑問である。少なくとも酒井にそんなものはない。カリスマ性こそあれ、虫も殺せぬところがあると思っているからだ。
 カリスマ性という性格自体に、残虐なイメージが付きまとっているのかも知れない。酒井は嫌な予感を抱いていた。自分の祖先も、どこか残虐性があったように思うからだ。確かに時代が時代だったので、天下泰平の江戸時代であっても、領主だったとされる酒井家は村人からの搾取も尋常ではなかっただろう。
 人の心を読める時代ではなかったことを示している。少なくとも今の酒井が考えているだけのまわりへの配慮が心の中の余裕に結びつけば、かなり違っていたのだろうが、これも時代の流れ、仕方のないことだ。
 祠にある井戸を覗きながら、そんなことを考えていたのを思い出していた。
 信長伝説というのは。誰もが半信半疑で聞いていた。酒井も井戸の一件を長老から聞かなければ聞き流していたに違いない。
――本当にそうだろうか――
 井戸の奥を見た瞬間から、自分がひょっとして信長の子孫ではないかと思った。だから、長老から話を聞いた時にそれほど驚かなかったし、一人しか知ることのできない話を自分にしたのだろう。
 長老が自分の先祖とかかわりがあったことは明白で、そうやって逢坂は信長伝説を継承していく。
 いずれ酒井も逢坂に戻ることになる。誰にも井戸の話と信長伝説の話をリンクして話すことは許されず、悟られることも許されない。
 酒井はさつきさんの話を思い出していた。それによって、自分がある仮説に縛られてしまったことを自覚していた。
 カリスマ性を持った弟が、あっという間に交通事故で亡くなったという話。カリスマ性というのは、危険性と裏腹なのだろうか。その答えは井戸の中で眠っているであろう織田信長の魂しか知らないことである……。

                (  完  )

作品名:短編集63(過去作品) 作家名:森本晃次