おじいさんとネコドローン
おじいさんはペペを手の上に抱きました。
「ペペ、私には生涯の伴侶がいる。だから少しも淋しくないのだ」
(ショウガイノハンリョ)をペペは素早く検索しました。
「あの写真立ての中にいる。いまでも、あの人だけが私の奥さんなのだよ」
ぺぺはニャーオと啼きながら、おじいさんの手の中にもぐりこみます。
おじいさんはぺぺの頭をなでて言いました。
「ぺぺ、お前もいてくれるしな」
暑い夏が過ぎて、おじいさんはボトルシップをひとつ完成させました。
そのあとは、何日間も何もせずに、そのボトルシップを眺めていました。
いつも決まった時間に起きるおじいさんが、朝、起きてこなくなりました。
ペペがおじいさんの寝室のベッドの上で、起床をうながすことが多くなりました。
庭の桜の葉がすべて枯れて、庭の池の水面に落ちる頃でした。
遅く起きたおじいさんは、電気ストーブをつけ、チェスの盤面に駒を並べました。
ゲームでは敵の駒も味方の駒も、おじいさんが動かします。
そうしているうちに、おじいさんは目を閉じて眠ってしまいました。
ペペはおじいさんを起こそうと、おじいさんの周囲を飛びまわります。
「ニャーオ、ニャーオ」
何度啼いても、おじいさんは起きません。
そこでペペは、チェスの駒をひとつ持ちあげました。
チェスの駒を盤面に落として、ポーンの隊列を崩せば、大きな音が立つ。
そうすれば、おじいさんが起きるかもしれない。
そう思ったからです。
さて隊列のどこに落とせば、とペペが迷っているうちに、おじいさんの瞼が動き、目を覚ましかけます。
ペペはうろたえて駒を落としてしまいました。
落ちた駒(ナイト)は、ピタッと盤面の上に立ちました。
目覚めたおじいさんは、驚いて盤面を眺めます。
「おや、良い手だ。ペペ」
良い手は偶然でした。
しかしペペは、おじいさんがひとりでチェスをしているのを見ているうちに、チェスの打ち方を覚えてしまっていたのです。
それからしばらくの間、ペペはおじいさんとチェスのゲームの相手をすることになりました。
もちろん初心者のペペは負け続けました。
冷たい風に満月も凍る夜でした。
いつも通り、おじいさんはワインを飲みながら、ペペを相手にチェスのゲームに興じていました。
「ペペ、そこでいいのか・・・」
おじいさんは駒に伸ばした手をひっこめました。
「おやおや、チェックメイトだ。私の負けだ。ペペに負ける日が来るとは・・・。ハハハハッ」
おじいさんは高笑いをしました。
翌朝も冷えこみました。
おじいさんは、また起きてきませんでした。
ペペは、梁を越えておじいさんの寝室に向かいました。
おじいさんはベッドで眠っていました。
ニャーオ、ニャーオといつもより大きめの声で啼きました。
しかし、おじいさんは起きません。
ペペは、毛布から出ているおじいさんの手に、そっとひげを当てました。
ピー!っと音が鳴りました。
体温や血中酸素濃度の低下を知らせる警報音でした。
ペペはおじいさんの呼気を調べました。
おじいさんはほとんど息をしていませんでした。
このままでは、おじいさんは死んでしまいます。
ペペは、緊急救命メールを送信しました。
数分後、搬送ドローンを連れた医療ドローンチームがやってきました。
ドクタードローンがおじいさんの容態を診ます。
ドクタードローンはただちにおじいさんを病院に運ぶよう、医療チームに
指示を出しました。
おじいさんは担架に乗せられました。
ペペも担架に乗ろうとしましたが、医療チームに跳ね返されました。
その後、担架は外で待機していた大型搬送ドローンに運ばれました。
医療チームは、ペペに家で待つようにジェスチャーで言うと、大型搬送ドローンとともに飛び去っていきました。
ペペはおじいさんの安否を心配しながら、家でひとり待ちました。
じっとしていられなくて、家の中をあちこち飛びまわりました。
夜になりました。
寝床に入りましたが、眠ることができません。
そうしているうちに、どこかでニワトリドローンが鳴く夜明けがやってきました。
朝になっても連絡はありませんでした。
本当はすぐにでもおじいさんのもとに飛んでいきたいペペでしたが、ネコ型ドローンは、飼い主の許可とケージがなければ、外出できません。
ペペはルールを守って、家で待っていました。
玄関チャイムが鳴りました。
ルルの飼い主のご婦人でした。
ご婦人のうしろに、ケージに入ったルルもいました。
ご婦人は目元をハンカチで拭い、ペペに言いました。
「お気の毒さま、ペペちゃん」
ぺぺは首をかしげました。
「ニャオ?」
「おじいさん、亡くなられたの」
急に言われても、信じることができないペペでした。
一昨日の夜、チェスをしたばかり。
ペペはおじいさんの言葉を思いだしました。
形あるものはいずれ皆朽ち果てる。早いか遅いかは神様の思し召し次第。
ペペは、カミサマを検索しました。
カミサマにお願いしたら、遅くなるかもしれないと思ったからです。
検索すると、たくさんのカミサマが出てきました。
どのカミサマにお願いしたらいいの?
ペペは飛びまわって思案しました。
「ぺぺちゃん、ぺぺちゃん」
ご婦人に呼ばれて、ぺぺは我に帰りました。
「きょうの午後、ご葬儀があるの。お葬式ね」
「ニャーオ」
「私、参列していいかしら。お別れが言いたいから」
「ニャーオ」
ペペは低く啼いて、うしろを向きました。
「ありがとう」
ペペがもじもじしていると、ご婦人が気づいてくれました。
「そうだ、ペペちゃんはひとりでお外に出られないんだね」
ご婦人はルルを呼びました。
「ルル、しばらくこの家のお留守番を頼んでいいかしら?」
ご婦人がケージの扉を開けると、ルルは嬉しそうに、おじいさんの家の中を飛び始めました。
「さあ、どうぞ」
ペペは、ご婦人のカートのケージに入りました。
それは町はずれの丘の上にありました。
長い坂道をのぼり終えると、大理石の石がいくつか置かれた野原にでました。
その一角に、おのおの数本の花を抱えた葬儀ドローンの一団がいました。
葬儀ドローンは、紫檀の棺を取り囲んでいました。
「あそこね」
ご婦人は葬儀場所に近づきながら、ケージの扉を開きました。
ペペはケージから勢いよく飛びだし、おじいさんの棺に向かいました。
棺の中で、おじいさんは眠るように横たわっていました。
「ニャーオ、ニャーオ」
呼びかけたら、おじいさんが起きて応えてくれるのではないかと思い、ペペは大きな声で啼きました。
しかし、おじいさんは目を閉じたままです。
「これ、これ!」
葬儀ドローンが割って入りました。
「どなたの飼いネコかな?」
「すみません」
ご婦人は葬儀ドローンに謝り、ペペを呼び寄せました。
「お式が終わるまでケージの中にいてちょうだい。そこからでも、式の様子が見えるでしょ」
ぺぺはケージの中に戻りました。
葬儀が始まりました。
葬儀ドローンのリーダーが何語かわからない言葉で、お弔いをします。
ご婦人は懐から小さなワインボトルを取りだして、おじいちゃんの枕元に置きました。
「ブルゴーニュ産の赤ワイン。お気に召すかしら」
その様子を見ていたペペは、ピンときました。
ケージを飛びだして、全速力で丘を下りました。
作品名:おじいさんとネコドローン 作家名:JAY-TA