ヒトケタの夏
「待ってよ。何持ってるの?」
「内緒のプレゼントだよ。昨日から用意しておいたんだ」
「昨日から、誕生日知ってたの?」
「みんなの誕生日の紙が、黒板の横に貼ってあるじゃない」
博之はそれを知らなかった。と言うより、まだ日付に対する理解など、しっかり出来ていない頃だったから。
トンツ君は10分間走り続けた。その間、博之は何度も何を買ったのか聞いたが、彼は意地悪にも教えてくれなかった。そして博之はついに泣き出した。もう自分の家に着いてしまったからだった。せっちゃんの家は博之の家から、トンツ君の家の反対方向。二人は途中の博之の家の前に着いたのだ。しかし、トンツ君は立ち止まることもなく、そのまませっちゃんの家に向かって行ってしまった。
「どうしたの?」
泣きながら帰ってきた博之を見て、お母さんは優しく聞いた。
「トンツ君が意地悪して、うえーん」
お母さんはそれを見て、ある程度事情が分かったようだ。
「じゃ、ヒロちゃんもプレゼント買いに行きましょう」
お母さんは、もう財布を持って準備してくれていた。そして近くの文房具屋さんに、博之を連れて行った。博之はこんなお店で、何を買えばいいのか分からなかった。いつもシールとか色鉛筆とか、そんな物しか買ってもらったことがなかったから。
お母さんは店のおばさんに、誕生日プレゼントについて相談してくれた。博之はその間、べそをかいて恥ずかしかったので黙っていた。
そして、お母さんは陶器の置物を買ってくれた。それはカントリー調の洋服姿の女の子で、貯金箱にもなっていた。でも博之は、
(こんなのがプレゼントでいいのかな?)
と不安な気持ちは晴れなかった。それを包装紙で巻いてもらうと、
「ほら、トンツ君のプレゼントと同じくらいの大きさでしょ」
と、お母さんは言った。さっき、家の前を走っていくトンツ君のプレゼントを、しっかり見ておいてくれていたのだった。それで博之は少し安心した。
そこからせっちゃんの家にダッシュだ。碁盤の目に並んだ住宅街で、迷子になるはずなどない。お母さんは、
「気を付けて行きなさい」
と、大きな声で叫んでいたのを、博之は聞こえていたかどうか。