ヒトケタの夏
その日の退園時間になって、中庭に帰宅の列を作った。家の方角によって班が決まっていて、博之とトンツ君は別、せっちゃんは博之と同じ班だった。博之はせっちゃんに、さっき何を話していたのか聞いた。
「せっちゃん。さっきトンツ君と何を話していたの?」
「ヒロちゃん。今日は私の誕生日なの。トンツ君がお誕生日会してくれるから、うちに来るって言ったの」
「お誕生日会って?」
「誕生日のパーティよ。ママにお願いして準備してもらわなくっちゃ。ヒロちゃんも来てくれる?」
(お誕生日会? パーティってどんなことするのかな? トンツ君は一人で、せっちゃんのうちに行くの? 僕も行っていいのかな?)
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博之にはトンツ君に対し思っていることがもう一つある。彼のお母さんに付いてだ。その人はとても美人だった。幼い博之もそのことを意識するほど、際立った美人だったのだ。その人の髪は茶色く、(白人なのかな?)とさえ思っていたほどだ。それは大きくなってから知ったことだったが、そのお母さんは、和紙問屋の家業を継いで、デザインワークスを手掛ける会社を経営して、常に化粧を絶やさないような生活を送っていたからだ。トンツ君の家はとても大きく、洋風だった。博之の和室ばかりの家とは、明らかに生活スタイルが違った。そこに博之は、トンツ君に対して引け目を感じていた。
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博之は家に帰ると、お母さんにせっちゃんに言われたことを話した。
「お母さん。今日せっちゃんのお誕生日会をするって」
「まあ、お誕生日会に呼ばれたの?」
「よくわかんないけど、どうすればいい?」
「そうね、プレゼントを持って行かなきゃね」
(プレゼント?)
「トンツ君も行くの?」
「うん」
「じゃ、トンツ君はプレゼントは、何持って行くのかしらね」
(そうか、プレゼントは何がいいのか分からないや。トンツ君に聞いて来よう)
博之は家を飛び出した。家を出て左に行けばトンツ君の家の方角だ。そこまで10分ほどの距離を、博之は走り続けた。
「トンツ君! プレゼント。せっちゃんのプレゼントは、何持って行くの?」
「ヒロちゃんも来るの?」
「うん。せっちゃんがおいでって」
「なーんだ。でもプレゼント用意してない人は行けないんだよ」
「だから、プレゼントは何持って行ったらいい?」
トンツ君は手に何やら、円筒形のかわいい包装紙で巻いたものを掴んで、靴を履いた。そしてそのまま家の外へ走り出した。