ヒトケタの夏
ヒトケタの夏
世間には受け身の人と、積極的に行動する人とがいる。いつ頃からそんな性格が出来上がるんだろう。
10代だと、それってほぼ決まってきているな。一桁の歳の子はまだこれから、いろいろ揉まれながら成長していくんだと思う。きっと今までの人生で、自分のアイデンティティの安定のために、過ごし易いポジションを選んでいくうちに、自然と振る舞いが形作られていくもんなんだと・・・。
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夏近いある日、5歳の博之は、トンツ君のある行動に気が付いた。幼稚園の教室で、あまり目立たない女の子せっちゃんと、何やら楽しそうに話しているではないか。博之もその二人に近寄ると、せっちゃんは一瞬、博之に微笑んで、何かを言いたそうな表情になった。しかし、トンツ君はそのせっちゃんの手を引いて、急いで廊下に連れ出してしまった。当然博之も後を追ったが、トンツ君はそのまま、その女の子の手を引っ張って走りだしたのだ。
博之はとてつもない疎外感を味わった。・・・なんて、子供の頃にはよくある出来事なのかもしれないが、博之には二つの不安がよぎった。
(トンツ君が僕をのけ者にした)
(トンツ君が女の子と仲良くしている)
実際、この年ごろの子供にとって、どっちのショックの方が大きかったのかはわからないが、いつも受け身だった博之は、これ以上どうすることもできないで、泣き出しそうな気分だったろう。
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幼稚園の年長組で博之は、数年後には大親友になるトンツ君と出会っていた。はじめは教室で隣の席になったことから、一緒に遊び初めた。遠いところから、通園バスで来る子が多い私立幼稚園なのに、家が歩いて行ける距離だったから、毎日お互いの家に通って遊び続けて、まるで兄弟のような仲になっていた。
トンツ君は積極的な男の子だった。遊びのテーマもいつも彼が決めていた。博之以外の友達にも人気があって、他の誰かと遊ぶような時は、博之も仲間外れにならないように、一所懸命に彼の後を付いていった。でもトンツ君はいつも博之を優先してくれていた。そんな人気者のトンツ君を、博之も大好きだったのに。
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その日のお弁当の時間、博之はトンツ君に質問せずにはいられなかった。
「ねえ、トンツ君。さっき、せっちゃんと何をしていたの?」
「秘密」
トンツ君は、ニヤーと笑って教えてくれなかった。
「ずるいよ。教えてよ」
トンツ君は笑ったまま何も言わない。博之はせっちゃんを見た。せっちゃんはこちらなど気にせず、友達とグループになって、お弁当を食べているだけだった。