年末年始
9:年末年始
慌しい大晦日の時間は光の如く過ぎ去り、瞬く間に日が落ちて夜となった。
昨日に引き続き克樹は、テレビを見ている。もっとも今回は、自分の部屋ではなくリビングで、一人ではなく家族と一緒で、と言う状況だが。
画面には、始めて聞くユニット名の人々が歌い踊っている。実家では、克樹が小さい頃から大晦日の夜は、紅組と白組に別れて行う歌合戦を観ると決まっていた。克樹は、一時期笑ってはいけない番組にハマっていた時期があり、自室でそれを観ながら孤独に年を越すこともあった。だが、テレビ自体を観なくなってしまった今では、そんなことはもうどうでもよくなっていた。
久々に帰省し年明けに臨んでいる今も、テレビが観たくて能動的に観ているのではない。主に母が拵えた年越しそばが目当てだったり、部屋にいてもどうせスマホを弄るぐらいしかやることがなかったりという理由でリビングに身を置き、ついでとばかりにテレビを眺めているのだった。
「ふ〜ん♪ ふふ〜ん♪」
テレビで歌い踊られている曲を、恭治は器用にハミングしている。さすが高校生、流行にちゃんとついていっている。だが、その顔はどこか浮かない。買出しにも来なかったところを見ると、調子でも悪いのだろうか。その一方で、父はテレビには全く興味を示さず、熱燗で一杯やっている。この痩せぎすで寡黙な父は、お酒さえあれば満足している人なのだ。
「お義父さん、どうぞ」
ご相伴に預かっている道彦が、徳利を手に取って勧める。
「いや、もうそば食べて〆よう」
「そうですか。じゃ、僕ものびる前にいただきます」
相変わらず、この義兄は如才がない。細やかで気が利いている。それでいて、あざとさがなく自然。嫁の佳苗は、おねむの想良を連れてもうすでに部屋で休んでいる。素晴らしい孤軍奮闘ぶりだ。だが、当の父はどことなく居心地が悪そうに克樹には見えた。
「来た、来た」
好きな歌手の出番になったのを見計らい、母が洗い物を終えてキッチンから駆けつける。テレビから聞こえてくる歌声と、時折そばをすする音、交わされる会話。それらがリビングを支配しながら、平穏に年末が過ぎ去っていく。歌合戦も終わり、ライトアップされた宗教施設の映像と鐘を撞く音。やがて、壁に掛かっている時計の針全てが真上を向き、無事年が明けた。
「あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします」
皆で新年の挨拶をし終え、各々自室に戻っていく。明日は一家で初詣に行く予定だ。克樹は別に眠くなかったが、トイレに行ってから自室に戻ることにした。
トイレで用を足した後、リビングを通ると、手酌で晩酌を再開している父の姿が目に入った。
(やっぱり、ねぇ)
克樹は、自分のことのように居たたまれない気持ちになっていた。父は典型的な『こっち側』の人間なのだ。気遣われることよりも放っておかれることで安心する生物。そんな生物に、『あっち側』の気遣いは通用するべくもない。だが、恐らく父は、義兄のことを悪く思ってはいないだろう。あれは義兄なりの気遣いだったと理解している、そう思いたい。
そんなことを考えながら階段を上り、自室へ向かう際、小林家の部屋から漏れてくる道彦の声を克樹は聞いてしまった。
「いやぁ、さすがにちょっと疲れちゃった」
おそらく、まだ起きている佳苗と話していて、思わず本音が漏れてしまったのだろう。克樹は慌ててそれ以上は耳に入れないように、自室に入る。
スマホを弄りながら今の言葉について考える。『あっち側』の義兄でも、『こっち側』の父を気遣う状況は厳しいのだろう。だとしたら、あの年末のひと時は、彼らにとってとんだ悲劇だったことになる。なにせ、お互い気を遣いあい、その結果息が詰まってしまったのだから。
だが、だからといって全く救いがないという事もないだろう。今更だが、彼らは共に分別ある大人だ。お互いに今後対応を微調整し、すり合わせることは確実にしていくだろう。そうなのだ、まだお互い情報量が少ないだけなのだ。これからきっと、義父と義息として良い関係を築いていくはずだ。
それだけではない。盗み聞きと言う形だったとはいえ、道彦の本音を聞くことができた。その本音は克樹にとっても頷けるものだった。それは、『あっち側』の人間でありながら、克樹に親近感を抱かせるのに十分すぎる一言でもあったのだ。
引き続き先ほどの父や義兄の言動についてあれこれ考えながら、克樹は布団を敷く。眠くないと思っていたが、布団に入るとすぐに朝になっていた。