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年末年始

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8:買い出し



 朝食を食べ終わり、一息ついてから克樹は小林家の面々と車に乗り込んだ。朝食の最中に約束をした買出しに、荷物持ちとして付き合うためである。
「あー、おせちもお餅も門松も用意してないのかぁ。ちょっとめんどくさいなー」
母から渡された買い物のメモを見ながら、助手席に座る佳苗がぼやく。
「あきゃきゃきゃきゃきゃ」
まるで佳苗の言葉がわかっているかのように、克樹の隣でチャイルドシートに身を沈める想良が笑う。
「きっと、お義母さんも忙しいんだよ」
運転している道彦が、柔らかい物腰で義理の母をフォローする。
「克樹、これは責任重大だぞ」
助手席からこちらにメモをひらひらさせて、佳苗はおどける。
「……はいはい」
克樹はやる気なさそうにそう答えた後、小さくため息をついた。
 そういえば、恭治はどうしたのだろうか。朝食のときも居たことは居たが、いつもより大人しかった。だが、下手に行方を聞いたらまた耳に入れたくない返答をもらうに決まっている。気になるが、黙っているのが得策だろう。そう決め込んで、お得意の車窓を眺めながらの妄想に耽ることにする。すると、ふいに隣で
「あー、あー、あー」
と想良が何ごとか喚き始めた。
「……んー? そらくーん。どしたー?」
正直なところ、克樹は子供はあまり得意ではない。だからといってこの純真無垢な甥っ子の叫びを無視できるほど、悪い人間でもない。不器用なりにしばらく頑張って相手をしていると、想良はその小さい手で克樹の人指し指をぎゅっと掴み、
「きゃっきゃっきゃっきゃ」
と笑い始めた。
「あら、想良くん。おいちゃんに遊んでもらってるのー、よかったねぇ」
息子と弟のやり取りを助手席から眺めていた佳苗が声をかける。想良はその言葉に呼応するように
「だー」
と掴んでいる克樹の指を、母に向かって戦利品のように高く掲げた。

 やがて、車は目的地のショッピングモールに到着する。
「こんなとこに、ショッピングモールなんてあったんだね」
「何年か前にできたんだよね。便利なんだけど、割高だからあんまり来ないんだよ」
後部座席のチャイルドシートから想良を抱え上げる佳苗と、それを手伝う克樹は、そんな取りとめのない会話をする。
 それから一時間ほど経ち、ショッピングモールでの買い物を無事に終え、一行は帰路につく。ところが、出発する直前になって突然、佳苗が声を張り上げた。
「あ、アイス! 忘れてた」
その言葉を聞いて、克樹は朝食時のやり取りを思い出す。
「あ、俺のならいいよ。母さんにもああ言われちゃったしさ」
「あんたの分もそうだけど、何よりあたしが食べたいの」
佳苗の言葉を受けて、運転席の道彦が仏のような笑顔で提案する。
「じゃ、僕と想良は待ってるから。二人で買ってきなよ」
「よし行こ。克樹」
「いや、でも……」
しり込みする克樹に、佳苗がとどめの一撃を加える。
「母さんのことなんか、気にすんな気にすんな。食ったら動きゃいいんだから」
 元々克樹は自他共に認める甘党だ。こんなことを言われたらもう断る理由はない。だが、克樹はちょっと引っかかったことがあった。姉はこんなに甘いものが好きだっただろうか。どちらかといえば塩辛い物やお酒の方が好きな、辛党だった記憶がある。無論、辛党の人が甘い物をまったく食べないということはないし、味覚が変わったりすることもあるだろう、特に姉は会っていない間に出産という大イベントをこなしているわけだし。ただ、なんとなく漠然とではあるが、これは姉の気遣いなのではないかという気がしないでもない。この普段乱暴な姉は、時折こういう粋なことをする人間なのだ。問いただしても、だいたいすっとぼけるのでわからないが、今回の姉は計算だろう。克樹はこのように脳内で推察していた。
 ということならば、お言葉に甘えてもいいだろう。ここで頑張ったって、逆に誰も得しない。アイスに有り付くべく克樹は、シートベルトを外してドアを開く。
 ショッピングモールへの道を再び取って返しながら、克樹は佳苗に小声で礼を言う。
「いやいやいや、ほんとにあたしが食べたいんだって」
そう言う姉の少しわざとらしい表情を見ながら克樹は、「あ、これ計算だわ」と、心中で確信した。


作品名:年末年始 作家名:六色塔