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年末年始

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10:ミッション



 元旦の朝、克樹は起きてすぐ、とある重大なミッションを実行しようとしていた。できればこの行為は人には見られず、秘密裏に実行するべきだ。そんな使命を帯びて部屋を出た克樹は、何気ない素振りで恭治の部屋のふすまをノックする。
「恭治、起きてる?」
「……?」
ふすまが開き、眠たげな恭治が顔を出す。昨日に引き続きどうも様子がおかしい。だがまずは、自分のミッションを優先させねば……。
「これ……、やるよ」
克樹は、おずおずとポケットから小さい紙袋を取り出して恭治に手渡す。いわゆるポチ袋と呼ばれているものだ。そう、克樹が行おうとしている重大なミッションとは、まだ学生の恭治にお年玉を手渡すことだったのだ。
「え。そんな、いいよ、兄ちゃん」
喜んで受け取るものと思っていたが、まさかの受け取り拒否である。
「ほら、俺働いてるから。それに、お前も何かと入り用だろ」
何とか理由を畳み掛けて受け取ってもらおうとするも、恭治の方もなかなか首を縦に振らない。こうして二人でポチ袋を押し付けあう様は、ちょっとレジ前で伝票を奪い合うおばさま方に似ているな、と克樹は頭の片隅で思った。
「わかったよ。兄ちゃんありがと」
ついに根負けしたのか、恭治はポチ袋をやっと受け取る。
「……恭治。ところで、昨日からなんかあったんか?」
重大なミッションを終えて少し落ち着いた克樹は、思わず恭治へ素朴な疑問をぶつけていた。
「うーん。実は」
恭治は躊躇いがちに悩みを口にする。
「彼女が、三が日は会わないようにしようって連絡してきて」
「な、なるほど」
とりあえず相槌こそ打ったものの、それでなんで落ち込むのか克樹にはわからなかった。恭治の彼女は会ったことすらないが、単にお正月は家族と過ごしたいというだけではないだろうか。それとも、あまり異性に縁がないのでわからないが、つきあっていると四六時中一緒でなければいけないものなのだろうか。
 個人的には、恭治は少し後ろ向きに考えすぎだと思う。正直それほどたいした問題だとは思えないのだ。だが、自分は色恋沙汰には不得手だという自覚がある。そして、恭治が落ち込んでいることも事実だ。悩みを聞いてから言うのは酷かも知れないが、これは他人に委ねた方が良いのかもしれない。
「それ、姉貴が適任なんじゃないかな」
「でも、姉ちゃん絶対笑うよ」
そうなのだ。姉の佳苗という生物は、弟たちのこういった話が大好物なのだ。克樹にも覚えがある。異性に関することではなかったが、何か重大な悩みを打ち明けたとき、彼女が真っ先に取ったリアクションは、手をぱんぱん叩いての大爆笑だった。あれは本当に心を抉られるのだ。でもひとしきり笑い終えた後、姉はちゃんと適切な助言をしてくれるし、決して他言もしない。その点は信用が置けるのである。だがその助言を聞く前に、必ず笑われなければならない。その洗礼を受けなければ、姉の神託が下りることは絶対にないのだ。
「まあ、それは我慢するしかないって」
克樹は、同じ姉を持つ者として恭治の気持ちが痛いほどよくわかった。できれば姉に相談せずにことを済ませたいのだろう。だが今は我慢だ。そして、その先の真実を知りえた方が良いと思うのだ。
「うん……、じゃ、ちょっと相談してくるよ」
恭治はそう言って、足取り重く自室を後にする。克樹自身も経験があるので、歩が進まないのは理解できるが、どうか乗り越えてほしい。その先はきっとバラ色だろうから。そんなことを思いながら克樹は、恭治の後を追って部屋を出る。そして階段を下りる彼を見送りながら、重大なことに気がついた。
 恭治にお年玉をあげたということは、甥である想良にもあげた方が良いのではないだろうか。まだ1歳なので小額でいいと思うが、恭治にあげて想良にだけあげないというのはよろしくないだろう。
 克樹はすぐさま自室に戻り、別のポチ袋を用意して千円札を一枚入れた。額はこの程度でいいだろう。
「あっ……」
ある事実に思い至り、克樹は目の前が暗くなった。想良のお年玉を渡すとすれば、どう考えても想良の母である佳苗に渡すしかない。そして佳苗に渡せば、多かれ少なかれ何か言われる運命が待っているだろう。
「恭治、俺も後を追うわ」
そう呟いて、克樹は部屋を後にした。


作品名:年末年始 作家名:六色塔