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年末年始

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16:焦燥の帰路



 三が日の最終日、一月三日。お正月感もあらかた消え失せるこの日の早朝、克樹は荷物をまとめ、住まいである自宅のアパートに帰る準備を進めていた。時間的には昼くらいに出ても十分間に合う。だが、昨夜かかってきた大崎さんからの電話が、克樹を急がせていた。重ねて言うが、今日早く帰る必要は全くない。四日朝、きちんと出社すればそれで良いのである。だが克樹は、自分の箇所でさらに障害が発生する可能性を懸念したのである。昨日の箇所だけでなく、さらに別の箇所でも障害が発生したら、試験を円滑に進行させるために三日の今日、出社する必要が出てくるかもしれない。そのためには、一刻も早く家に帰っていた方が良い。決して適当な仕事をしたわけではないが、一つ出たミスが克樹を弱気にさせ、そういう結論を出させたのだった。
 父母と恭治(小林家は昨日すでに、住まいに帰っていた)に別れを告げ、来たときの通り、バス停からバスに乗り、新幹線に乗り込む駅へと向かう。そして相変わらず特急券と乗車券についての調べ忘れを悔やみつつまごまごしながら切符を購入し、窓際ではないものの自由席の一角にありついた。
 問題はここからだった。行きの新幹線で遭遇したクチャラーのような、狡猾な陥穽が復路でも待ち構えていたのである。
 克樹が車内で、退屈な時間を過ごしているとき、突然スーッと新幹線が動きを止めたのである。
「ただいま信号機に故障が発生したため、運転を一時的に見合わせております」
新幹線でのこういったできごとが初めてだった克樹は、唖然とした。在来線ならともかく、新幹線でもこんなことが起こるのかと言いたい気分だった。
 実際、克樹が通勤に使用している路線では、このようなことはそれこそ日常茶飯に起きる。車内点検だったり、線路に人が立ち入ったり、人身事故だったりと、理由も多種多様だ。そして通勤時は大体において満員の状況ゆえ、この手のアナウンスが流れてくるとうんざりすることこの上ない。だが克樹はそこでも、当事者たちの感情に思いを馳せていく。ひどい二日酔いで気分が悪かったり、トイレに行っていたら遅刻をしてしまうので我慢したまま乗り込んだり、異性の臀部に触れてもいないのに濡れ衣を着せられて線路に逃げ出したり、自ら人生の幕を閉じようと思わせるほどの悲壮な決意をさせるその理由だったり、そんな時、人はどう思うんだろうかとつらつらと考える。そうやって自身の思考を妄想へと深く飛び込ませているうちに、電車はいつのまにか動き出しているのだ。出社時間が遅れることは、克樹はそれほど気にしない。遅延証明を持って行けばとりあえず何も言われないし、大抵終電近くまで会社にいるのだから。
 しかし、今回は状況が違う。可能ならば早く家に着きたい。最悪、今日中に家に着くのならばいい。だが今日故障が復旧できずに、どこかこの近くのホテルで一夜を明かすとなると、明日出社が遅れる恐れも出てくるのだ。
 普段、こういったことに対してのんびり構える克樹も、これには焦りを隠せなかった。しかし、どんなに焦ってもこればかりは致し方がない。昨日の夜と状況は同じで、確実に今は落ち着くべき時なのだ。克樹はそう思い直し、復旧するまでの時間を潰すことのできるものを探そうとした。だが、いつものように当事者たちの感情を察そうとしても、故障した信号機の気持ちを汲んで妄想の世界に入り込むのは難しい。さらに今回の席は窓際ではないので、お得意の車窓を眺めての妄想も厳しい。ちなみに隣の窓際の席は、克樹よりも若そうな青年が座っていたが、彼は克樹以上に虫の居所が悪そうだった。恐らく電車が止まったうえに、そのせいで騒いでいる、数席先の幼稚園児ぐらいの子供に対してイラついているのだろう。
 克樹は、『文庫本の一冊でも持ってくれば良かった』と心中で呟きながら、仕方なくスマホをマナーモードにして弄くりだす。
 スマホに全然集中できないうちに、新幹線は動き出した。時間を改めて見直すと、停止してから二時間ほど経っている。この程度の遅れなら夕方までに家に着くだろう。克樹は疲れの中で、スマホをしまい込んだ。
 やがて新幹線は目的地に着き、克樹は車両を立ち去る。そして在来線に乗り、数日ぶりに自宅のアパートへと足を踏み入れた。


作品名:年末年始 作家名:六色塔