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年末年始

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14:浴槽の追憶



 父と杯を傾け合い、夕食を摂った後、克樹は浴室に居た。普段シャワーで済ますことの多い克樹は、久々に浴槽の中で足を伸ばし、肩まで湯につかる。
「ふ〜」
大きく息を吐く。が、克樹の気分は晴れない。実は夕食の最中、母と一悶着あったのだ。
「克樹、あんた良い人いないの?」
母としては、とりとめのない雑談以上の意味はなかったのかもしれない。だが克樹にとっては、あまり触れてほしくない話だった。理由は簡単で、姉の佳苗はもうすでに結婚し初孫を父母に見せている。弟の恭治は良い人候補がわんさか寄ってくる状況。それに対して克樹は、当てがないどころか異性と交際したことすらないのである。
「いねえよ」
克樹は、ついぶっきらぼうな返答をしてしまう。さすがの母も息子の怒気に臆したのか、食卓はそれっきり沈黙する。
しばらくして、
「風呂入るわ」
と言い捨てて食卓を立ち去り、こうして湯船に身を委ねているのである。
「……」
克樹は改めて思う。母が口うるさいのは仕方がない。元々話好きなのも知っているし。だが、もう少し感情の機微というものを理解すべきではないだろうか。さらに、自分が家を出てからというもの、輪をかけて口さがなくなってきている。たまに電話で話しても叱られた記憶しかないし、そのお説教も前述したように、以前聞いたようなことだったり、なんか的外れだったりで、いつもうんざりさせられてしまうのだ。
 だがそうは言うものの、いろいろと感謝していることも確かだ。『孝行したい時分に親はなし』という言もあることだし、可能な限り母の要望には応えたいとは思う。まあ、良い人を見つけて孫の顔を見せるのだけは、諦めてもらいたいが。
 孫といえば、父母へ孫を連れてきた姉は相変わらずの存在感を見せつけていた。子供の頃から変わらぬ姉御肌で強権的に振舞いつつ、時折のぞかせる暖かい心意気。克樹は、ショッピングモールで奢ってもらったアイスを思い出す。店員のパフォーマンスが有名なそのブランドのアイスは、噂に違わぬ美味だった。
 義兄も好人物だった。結婚式のときに会ったきり、ろくに会話もしていない間柄にもかかわらず、常に気を遣ってくれたし、彼の人間性を垣間見ることもできたと思う。主に想良の面倒を見ていることが多かったのは、立場上仕方がないことだろう。
 甥っ子の想良も、赤ん坊のかわいさをこれでもかと教えてくれた。甥っ子ですらあんなかわいいのだ。自分の子はどれだけかわいいのだろう。先述のとおり、自分には子供を作る当てはないのだが。結局お年玉を上げることもできたし、今後も可愛がって生きたいと思う。
 弟の恭治とは、癖の強い姉に苦労している同士として、確実に心を通わせた瞬間があった。また、誰からも愛される存在であることを見せつけてくれた。その点について嫉妬もないわけではないが、自分も弟としての彼を愛する一人だと思うと誇らしく思う。
 今日、再会した水野も自ら釣った魚でもてなしてくれた。その魚を肴にして花が咲いた思い出話は、それ自体がまた一つ、親友との大きな思い出となった。
 何もしていないように見えた父だが、実は彼もこちらを思いやってくれていた。同じ『こっち側』陣営の父は、動ではなく静の気遣いをしてくれていたのだろう。矢継ぎ早に近況を聞くわけでもなく、物品をくれるわけでもない。そこにたたずんで、何も言わず一緒に酒を酌み交わす。そう、話し掛けたり物品を与えたりするだけじゃない(それらも十分素晴らしいことだが)、ただそこにいることを許容してくれる、そういう気遣いを父はしてくれていたのだ。
 方法やアプローチは違えど、皆自分に対して優しかった。もちろん、それを受け取るこちら側の思いや対応が変わってしまうのは確かだ。それでも、やはりどの人物からの優しさも嬉しいものなのだ。
 タオルで顔を拭きながら克樹は思う。果たして、自分は皆に優しさを分け与えることができただろうか。ただ漫然と実家に帰ってきて、皆からの優しさを受け取っただけではないだろうか。そう思って一瞬、暗い気持ちになる。だが今はまだ、皆のこの優しさを享受するだけの立場で良いのかもしれない。
「ちょっとっ、いつまで入ってんの!」
突如、母の声と共に扉がドンドンとけたたましい音を立てる。
「あ、ごめん。もう出る」
克樹は、慌てて答えた
「お酒飲んで入ったから、中でぶっ倒れて死んでんじゃないかと思った」
物騒なことを口走り、母は洗濯機から洗濯物を取り出して立ち去る。
『……やっぱり、口うるさいわ』
克樹は浴槽から立ち上がった。


作品名:年末年始 作家名:六色塔