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年末年始

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11:神の与えし試練



「いっちょ前に、余計な気遣わなくていいの」
佳苗はそう言うと、想良へのお年玉を差し出す克樹の頭を掴んでわしゃわしゃ弄んだ。
「うちは共働きだし、爺ちゃん婆ちゃん四人とも元気だし、あんたが思う以上にもらってんの」
そんな言葉を追加しながら、佳苗は差し出されたポチ袋を克樹の服のポケットにねじ込む。これでは、どっちがお年玉をもらったか分からない。
 まあ、姉の言うことは至極もっともかもしれない。だが、それは一面的な見方でしかないのではないだろうか。確かに、余計な気遣いだったかもしれないし、年始にお年玉という形で、出費が嵩むのもよろしくない。だが自分も、恭治や想良を弟や甥として愛しているのだ。無論、お年玉という名目で金を渡すことが愛情の全てだなんて短絡的な考えは持っていない。だが滅多に会わない分、こんな形で愛情を表現するのも決して悪いことではないと思うのだ。例え、それが成長の度に額が大きくなっていくというリスキーな行為だと解っていても。
 元々の寝癖と、先程佳苗に乱されたこととで、すっかり爆発しきった頭で克樹はそう考えていたが、目の前の佳苗に、その思想を開陳する気は起こらなかった。姉にこの手の論理は通用しない。というより弟の反論など聞く耳持たない。長年の経験から弾き出された最適解に堅く寄り添い、克樹は貝のように押し黙る。
 後ろでは先に相談を終えた恭治が、心配そうな表情で佳苗と克樹を見つめていた。

 朝食を終え、河西家と小林家の面々は、近所の神社へ初詣に出かける。すでに神社は沢山の人だかりで、鳥居を潜るだけでも時間を費やすほどの人の列が形作られていた。
「あきゃ、あきゃ、あー」
この人込みではむずかるだろうと思われた想良は、意外にも上機嫌だ。だが、そんな想良を抱きかかえる母の佳苗は、昔から待つことが嫌いなせいか、苛立ちで不機嫌な顔つきをしている。さすがの道彦もおかんむりの妻は手に負えないようで、何も言わず傍らに侍ることに専心していた。
 一方、河西家の方は、先ほど悩みを吐き出してすっきりした恭治が一番晴れやかな顔をしている。もう人生が楽しくてしょうがないと言った風情だ。父母は元々それほど待つのを苦にしない人たちだ。母はお喋りのわりには気が長い方だし、父ものんびり屋だ。さらにそんな父にとって喜ばしいのは、神社ではお神酒が飲めるということだ。きっと、待つことは酒の味を引き立てるスパイスくらいに思っていることだろう。
 さて、我らが克樹はどうだろうか。佳苗ほどではないが、彼も浮かない顔をしている。人ごみに飲まれてしまうという性格もあるが、それ以上に克樹には悩みがあった。神社を参拝する際行う作法。二礼二拍手一礼、あれが大の苦手なのだ。この神社では、拝殿の前に鈴の緒(ガラガラ)が3本垂れ下がっており、一列に並んで、先頭の者が空いた鈴の緒の前に向かうという並び方をしている。コンビニやATMでよく行われるフォーク並びというものだ。克樹にとってはこれが鬼門なのである。
 このような並び方だと、上記の作法を行うタイミングは文字通り三者三様となる。それは参拝効率化のためには致し方ないことだろう。だが隣の参拝者の柏手や礼は、嫌でも聴覚や視覚に入り込んでくる。それについつい克樹は釣り込まれてしまうのだ。
 今までも克樹は、実家の近所にあるこの神社で、元日から幾多の苦杯を嘗めてきた。隣の参拝客に釣り込まれてお賽銭を入れる前に拍手をしてしまったり、二礼二拍手まで来て最後に二礼してしまったり、うまくできたものの肝心の誓いの内容を忘れてしまったり……。恐らく祀られている神様も、怒りを通り越して呆れ果てているんじゃないだろうかという体たらくなのだ。
 克樹は、手水舎で手を洗うあたりから本格的に緊張し始めていた。今年こそは上手くやってやる。隣の参拝客を気にしなければ良いだけなんだ。それだけで俺はうまくやれるんだ、と。
 えてして、こんな風に肩に力が入ってしまうと物事は上手く行かないものである。案の定、隣客に釣り込まれてまごまごしてしまい、鈴を鳴らすのを忘れてしまった克樹は、今年も失意に塗れながら拝殿を後にするしかなかった。
「もしかして、参拝の練習とかした方がいいのかな」
半ば本気でそんなことを考えながら、克樹は100円硬貨を納めておみくじを引く。
 克樹の意気込みと奮闘に対する神様からのエールなのだろうか。そこには、『大吉』と印字されていた。


作品名:年末年始 作家名:六色塔