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優しさに感染した男
優しさに感染した男
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去りゆく人へ

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 そのため、サークルに所属している最高学年の三年生のバンドが優先的に選ばれる。
 はずだった。
 「学祭は間違いなく出られるとは思っていた。」
 藤岡先輩は肩を落とす。
 ボクらのバンドは選ばれなかった。
 大学祭に出るバンドを選ぶのはサークルの代表に一任されている。
 どうやらボクら以外のサークルメンバーで話し合いが行われ、決まったらしい。
 おまけに大学祭に出られるバンドは一年生や四年生という例年にはない異色の采配だった。
「今まで練習してきた曲だって、大学祭に向けてってことでずっとやってきたじゃないですか。」
 「ああ。」
 藤岡先輩は正に意気消沈という感じで生気が感じられない。
 ボクもその日、それ以上声をかけることは無かった。
 夕日も沈んだ暗闇の中を、二人で黙って帰った。
 

結局その後、藤岡先輩はあきらめ切れずに何度か代表と掛け合ったらしいが、『決まったことだ』と、相手にされなかったらしい。
 三年生が中心メンバーであるボクらのバンドの最後のライブは、大学祭直前に行われる学内ライブになった。
 「あれは絶対くじで決めてないな。」
 「間違いないですね。」
いつものようにボヤキながら歩く。
大学祭直前のライブの演奏順は代表曰く、くじで公平に決定したらしい。
しかし、くじの結果を見てみると、代表らの所属しているバンドは人が一番集まる時間帯、ボクらのバンドはその直後の人が帰り始める時間帯に配置されていた。
「ここまで行くと逆に感心しちゃうね。」
藤岡先輩は笑った。
「代表の執念というか、ここまで人は人を嫌いになれるんだなってさ。大して何もしちゃいねぇのに。」
「最後のライブなのに。」
「まあ、そりゃお客さんは多い方が良いけど、気にせず全力でやろう。」
それに、と藤岡先輩は付け加えた。
「お前には来年もあるだろう。」
そうしてボクの肩を弱弱しく叩いた。


しかし、ライブ当日思いもよらない出来事が起こった。
 代表の所属しているバンドのドラム担当が事故で演奏できなくなったのだ。
 ライブの演奏順は繰り上げになった。
 その日の学内ライブはボクらの物だった。
見たこともない人数の観客。
嬉しそうな藤岡先輩とバンドメンバー。
苦悶の表情の代表。
ボクらのバンド思いっきり跳ねた。
そうして、ボクと藤岡先輩のバンドは活動に堂々とピリオドを打った。
「俺さ、理不尽なとこいっぱいあったけど、嫌なこともいっぱいあったけどさ、たまーーーにはあんだな。こういうの。」
良かった。
笑顔で終われて良かった。



バンド活動は終わったけど、卒業するまでボクと藤岡先輩の関係は続いた。
お互いのアパートに遊びに行ったり、好きなアーティストを語り合ったり。
もちろんボクには他にも仲の良い先輩や友達はいたけど、あれほどまでに気の合う人には出会わなかった。
そんな先輩も卒業し、就職した。
絶対連絡するよと言った。
それが卒業式の日、半年前。
連絡が途絶えたのは三か月前だ。
ボクは静かに息を吐くとソファに寝転んだ。



―――では、もうその後輩の方とは連絡は取っていないんですね。
 後輩からは連絡が来るんですけど僕が返信をしていなくて・・・まあ、仕事が忙しいっていうのもあるんですけど、なにより
―――なにより?
 ちょっと面倒くさくてね。僕とその後輩は昔バンドを組んでいたんですけど、アイツはずっとその話を僕にしてきて。もうこっちは社会人として毎日必死なので、バンドどころじゃない!
―――なるほど。話が噛み合わないと。
 はい。後輩はたぶん今、大学四年生かな。とにかく暇なんでしょうけど。
―――いつまでも昔のことを言う人、たまにいますよね。
 そうそう、それです。たしかにあの頃は楽しかったし、後輩にもとても感謝しているんですけど、終わったことなので。いつまでも浸っているわけにもいかないし。
―――なるほど。
 僕としてはアイツも一歩踏み出してほしいな。新しい何かを見つけて。それこそ、僕なんか過去の人だって忘れてしまって。
―――うーん、悲しいかな人生はそういうことの繰り返しなのかもしれませんね。
そうですね。ああ、そろそろ昼休みも終わるので。行かなくちゃ。
―――お忙しいところ、ありがとうございます。
 いえ、話せてスッキリしました。では。
新社会人だという短髪の青年は足早にその場を去った。













杏菜から別れを告げられたのは二か月前のことだった。
「ごめんなさい。」
「いや、謝るとかじゃなくてさ。もう一回冷静になって、それから・・・」
「だから、ごめんなさいって。」
「いやでも、急すぎるというかさ、なんかあったの。」
「うん、特には。」
ボクは静かに息を吐いた。
喉が渇く。
コーヒーをすすった。
苦い。
これは苦いなぁ。
「せっかく就職先もお互い近い場所にしたのにな。」
ああ、と杏菜は少しボクを可哀そうな人を見る目で見た。
「その話だけど、実は、あの後違う企業受けて受かったの。前話していたところとは結構距離あるから。」
心配しないで、と杏菜は付け加えた。
何を心配すると思ったのだろうか。
「ああ、そっか。知らなかった。」
「言ってなかったし、言わなかったね。そういうことだから、本当にごめんね。」
生きていて謝られることはたまにあるけれど、こういうシチュエーションでの謝罪は心をえぐる。
人に謝るときは謝る側が多少の反省というか、非が自らにあると考えるのが普通だ。
そもそも杏菜が悪いのか、僕が悪いのか。
分からない。
「じゃあ、ごめんね。わざわざ呼び出して。それだけだから。」
杏菜はバインダーに手を伸ばした。
ここで『待ってくれよ』と引き留めようとも思ったが、ベタ過ぎる。
ボクはよく漫画に出てくるダメ男か。
「最後にさ、理由聞いてもいい?」
だからといって冷静ぶるのもなんだろう。
「理由って、ああ、別れようって?」
「うん。」
他に好きな男が出来たとか、ボクのこういう癖が嫌いだとか、
「何だろう。」
杏菜はそう言うと、目を細めてジッと下を向いた。
杏菜のこの動作は必至で何かを考えていたり、思い出したりする時によく見た。
「うーん、何だろうね。」
じゃあ、と言って杏菜は店を出て行った。
取り残されたボクの身体は静かに熱くなって、すぐには動けなかった。
まだぬるくもなっていないコーヒーを見つめながら、終わりというのはなんて無責任でなんで突然来るのだろうと思った。

杏菜と初めて会ったのはボクが二度目のライブを終えて後片付けをしている時だった。
「あの、すいません。」
「あ、はい。」
ボクは手を止めて彼女を見た。
彼女の後ろには茶化すようにこちらを見る先輩がいた。
ボクは先輩を見ないようにした。
「いえ、あの、良かったなーって思って。」
「ライブ、ですよね。」
「はい。」
彼女は白いブラウスに黒のジーンズ姿。今風、という感じだった。
「実は私もベースを始めようと思ってて、すごい上手だったから、お話を聞きたくて。」
「上手、そうかなぁ。」
ボクは照れたんじゃなくて正直にそう思った。