影惑い 探偵奇談19
明日の授業の内容をまとめていると、古びた木製ドアがノックされた。もうすぐ日付が変わろうとしている真夜中のこと。紫暮は顔を上げてドアの方を振り返る。静かな家の中に、古びた蝶番がギィと鳴る音が響き、隙間の闇から弟が顔を出した。
「…ちょっといい?」
「なに」
瑞がばつが悪そうに入ってきた。不機嫌そうな顔。こいつはいつになったら俺への反抗期が終わるのだろう。半分は紫暮のせいであるのだが、それにしても素直じゃないやつだと思うし、何が何でもおまえなんかに甘えてたまるかという意思の強さは強靭で頑なだった。それはどちらかといえば瑞の幼さなのだが、本人は兄に精一杯抵抗することこそ自立だと信じて疑わない。いつまで経っても子どもだなと呆れ半分思う。
「大学、行くのって…」
進路の話か、と紫暮は弟に向き直る。瑞はドアのそばに立ったまま畳をじっと見つめたまま静かに話す。
「…すごい勉強した?」
「まあ、それなりに」
「部活と勉強両立するのって、やっぱ難しいの?」
弓道部に身を置く弟は、学生生活の大半をそこに捧げていると言っても過言ではない。彼の通う高校は弓道の強豪校であり、実際にレベルも高いと思う。
「難しいけど、なんとでもなるよ。なに、進路決めたのか」
「まだだけど…」
ああ、と紫暮は思い立つ。
「おまえのことだから自分の進路については曖昧なんだろう。そのくせ伊吹くんと同じ大学に行こうとか浅はかなことを考えているわけだ」
「うっ…」
おいおい図星かよ。進路に迷っているというより、先輩と離れてしまう現実を、進級して突きつけられているのだ。
「…だって俺まじで無理だよ。あと一年でお別れとか」
「広い世界に飛び出せば、高校生活の小ささがわかるよ。卒業したって、世界は続いてて新しい出会いなんて山ほどある」
「小さいって…そんな言い方…」
作品名:影惑い 探偵奇談19 作家名:ひなた眞白