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いとこ

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 3
「宴兄さんは、私がいない間どうしていたの?」
「花実を待っていたよ」
 大人しく座っている彼の前髪を櫛でとかしながら考える。
 生活感が全く感じられない部屋だった。リビングがこれでは他の部屋は何も置いていないと考えて良いだろう。
 最低限の家具と、花実が描いた絵。覗いた台所はカラカラに乾いていた。私が来たのはあの子から連絡が途絶えてすぐだけれど、それでも一日かかってしまった。その間彼は文字通り花実を待っていたのだろう。他に何もしないで、ただただ花実を。
「何も食べていないのね。ごめんなさい、髪を切る前にご飯だったわ」
「良いんだ。花実の手料理以外食べない約束だから」
 明るい彼の声。私は何の返事もしない代わりに彼の伸びすぎた前髪に鋏を入れた。
 
 宴兄さんの心を花実中心の世界にしたのは花実だ。叶伏花実、私の三つ子の姉。
 彼女は彼を心の底から愛していたから、彼を自分のものにしてしまいたかった。その願望は彼女から聞かされなくてもよく知っていたし、実際彼女はそれを実行した。
 九月の明るい日、私は窓越しにもう一人の姉と一緒に、二人がどこかに行ってしまうのを見ていた。不思議と何の感情もわいてこなかったことが印象的であの日のことはよく覚えている。姉のが何度も何度も私に触れていたことも。
「好きな人を独り占めするって、とっても良いことなの」 私に似た声で、私に似た指で、私に似た目で、私のことを好きな人、と言っていた彼女。
 ああ、もう雪実もいない。
 
 ぱさり、と彼の一部だったものが切り落とされる。私の姉を殺めたその張本人の身支度をしている私は滑稽に見えるに違いない。
 この人が私の姉の首を絞めた。この人が花実と雪実を殺した。私はそのことをよく知っている。
「……さ、できましたよ宴兄さん。私は良いと思いますけど、お気に召しましたか?」
「花実が良いと思うならなんでも良いよ」
 宴兄さんの基準は全て花実。彼女がゆっくりと時間をかけて彼を壊したから。その結果どうなるかも知らないで。
 ……最愛の人に殺されるということを幸せと捉えそうな彼女ではあるけれど。
 私を見て、私を愛して、私が貴方の幸せになるわ、宴兄さん、宴兄さん、好きよ、宴兄さん。
 彼女の囁き声が聞こえた気がしてはっと顔をあげると、彼女の描いたどこかの国の少女と目が合う。花実も私も、雪実も異国の少女が好きだった。きらきらと輝く青い瞳と生きているのか分からないほどの白い肌。
 結局、私達三姉妹は形は違えど「綺麗なもの」を病的に愛していたのだろう。そんなことを雪実が言っていた。
 
「宴兄さん、ごめんなさい、これを片づけてくれますか? 私、ご飯を作りますから」
「いいよ、花実」
 彼が必要以上に名を呼ぶのも、花実の癖が移ったせいだろう。花実、花実、花実。彼女が殺されたことを私は悲しまない。彼女がこんなことをしなければ何も起きなかったのだから。宴兄さんの心を壊して、自分の好きなように作り替えて、結果的に殺されて、同じ顔の私達に後を任せて、なんて幸せな花実。
 さて、と部屋を見回して、私は探していたものを見つける。彼はこれに気付いていないようだ。花実が壊してしまった彼だからその反応が当たり前なのだけれど。私は何気ない風を装って彼に尋ねた。
「……そうだ、ねえ宴兄さん、雪実と月実って覚えていますか?」
「覚えてるよ。花実の妹だ。花実と同じ顔で、中身は全然違う」
 私達は花実の妹だった。顔だけ同じで中身の違う三つ子だった。誰かが誰かの代わりをすることなんて造作もないくらいにそっくりの。
「雪実も月実も元気にしていた? 花実の用事って、家のことだろう?」
「ええ。元気そうでしたよ。宴兄さんは何も心配する必要はないくらいに」
 ええ。雪実は花実の代わりをして兄さんに殺されてしまったわ。と心の中でだけ本当のことを呟いた。
 親にも明かさなかった自分達の隠れ家を私が知ったのは一ヶ月前のこと。兄さんが「花実がいない」と電話してきたせい。雪実がそこを訪ねると、困ったと眉を下げた従兄と首に醜い痕をつけて冷たくなっていた同じ顔の人形が彼女を迎えてくれたらしい。
 多分今私が見ているそれと同じものを雪実は見たのだろう。
 雪実が宴兄さんの所に行った日にかけてきた電話を思い出す。
「やっぱり宴兄さん、おかしくなっちゃってるわ。私のことを花実だって言って、花実の死体は見えてないみたい……。これからはとりあえず私が花実。連絡がなかったらよろしくね、月実」
 部屋の隅で眠ったように死んでいる彼女を見ながら私は笑った。いずれ彼女と同じ運命を辿る私が何故笑えるのか分からなかったけれど。
作品名:いとこ 作家名:大文藝帝國