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短編集62(過去作品)

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 世の中の発想は必ずどこかで繋がっているという話を聞いたことがある。テレビアニメの世界でそのことを教わるとは思ってもみなかった。
 工場を十分に見学すると、また最初に入った応接室に戻ってきた。
 矢次工場長の後ろをついていくだけだが、現場に入って最初に言葉を交わしたきり、応接室に戻ってくるまで、まったく後ろを振り返ることなく淡々と歩いている工場長の背中が次第に小さく見えてくる。
 応接室に戻ってきて時計を見ると、この部屋を出て行ってから三十分が経っていた。思ったより時間が経っていないようにも思えたが、よく考えてみるとそれくらいの時間である。
 工場を見ながら思い出していたアニメの話、子供の頃にまで記憶を遡らせるためには、自分自身が子供の気持ちにならなければならない。この時間は、想像以上に長いものだと思っていた。自分としては一気に気持ちが遡っているように思うが、それほど簡単なものではないだろう。遡っていく間に必ずどこかで気になることが生まれてくるはずだからである。
 特に疑問に思っていたことを思い出そうとするのだから、今の自分をその時は違う自分として意識の外に置いておくことになるだろう。
 そして子供に戻った自分の発想としては、自分が社会人であるという自覚があった。目の前に広がっている工場を見学に来ているという立場も分かっている。だが、テレビアニメを想像している自分は紛れもなく子供の頃の自分だった。
 夢でも同じである。
 子供の頃の夢を見ることがあるが、自分は社会人としての自覚は持ち続けている。だが、他の人が皆社会人になっている姿を見て、
――早く大人になりたい――
 という意識が働くのだ。
 意識だけは遡った自分としてまわりを見ている。だが、現実の立場を忘れられない自分もいる。そこに大きなギャップがある。
「夢というのは、目が覚める寸前の数秒間だけ見ているものだ」
 と言われるが、意識はそんなものではない。ずっと見ていたように思えるのだ。
 では、この違いは何だろう?
 時代を遡るために通る時間が睡眠の中で必要なのだ。静かで誰にも邪魔されない時間が必ず必要なのだ。
 そう考えれば、ここの工場の事務所と現場の音の違いは、時代を遡らせるに十分な世界をもたらしている。静寂な部分に自分を置くことで、柏木は時代を遡ることができた。
 いや、時代を遡ったという意識をハッキリと感じることができたというのが正解だろう。時代を遡るのは無意識にでもできる。だが、意識して遡ることができるためには静寂な空間が不可欠であった。
「虫の知らせ」というのを柏木は信じられないと思っている。偶然が遠く離れたところから、まるでテレパシーで引き合うような発想は、柏木の中にはない。テレパシー自体を否定はしないが、それに偶然が重なることが信じられないのだ。
――そんなにうまくいくものか――
 偶然も必然の一つだと思っているからだ。
 工場の夢と言えば、子供の頃に怖い夢を見た記憶がある。そこをどう紛れ込んだのか、気がつけば窓も何もない建物の中にいた。
 最初は倒れていた。気絶していたのかも知れない。薄暗い明かりの中で目が覚めた。明かりは明らかに蛍光灯であることは分かっているのだが、天井を見ると、蛍光灯などどこにもない。もちろん電球もなく、光るものが何もないのに光って見えるのが不思議だった。
 真っ白い部屋、最初は角も分からなかったので、部屋の中にいるということさえ分からなかった。次第に息苦しさを感じて、初めて密室の中にいるのが分かってきた。
 白い色で雪を想像した。冷たくない雪、夢の中だから当たり前である。冷たくないから夢の中だと分かったのかも知れない。逆に暖かさを感じたが、立ち上がってからの足元だけは冷たかった。まるで自分の足ではない感覚に、倒れていたことがかなり前だったように感じた。
 白い壁を叩きながら横に移動してみる。
――出ることのできない可能性の方が強いだろう――
 という考えが頭をよぎったが、しばらく叩いていると、乾いた音がした箇所があった。
 少し力を入れて叩いてみると、やはり乾いた音がした。今度は強く押してみると、ゆっくりではあるが向こうに押される感覚がある。どうやら回転扉のようになっているようで、押し出されるように、向こう側に飛び出していた。
 回転扉はちょうど直角の状態で止まり、向こう側と部屋の中を自由に行き来できるようになった。向こう側には真っ白い部屋とは別に、真っ黒な部屋が広がっている。だが、真っ黒い部屋は真っ白い部屋と違って窓があるようだ。窓の向こうも暗い世界なのか、明かりが漏れてくる雰囲気ではない。その証拠に最初から窓があることを分かっていたわけではなかったからだ。
 そのまま真っ黒な部屋に飛び込むと、先ほどまでの真っ白い部屋が先ほどよりもさらに暗く感じられた。こちらが暗ければ明るいところが目立つはずなのに、そうでもない。こちらの真っ暗な部屋は、明るさを吸収してしまう作用があるのではないかと思えてくるほどだった。
 窓まで歩み寄ると、向こうの世界は夜だった。そして眼下に広がっているのは、街である。それも見たこともないような大きな街、テレビでしか見たことがなかった。夜の街のイメージはネオンサインが煌びやかで、下から見上げるイメージだった。だが、この部屋からは上空から下を見下ろしている。見上げているよりも小さい感じがするのは、全体が見渡せるからだろう。奥に見える山までが光って見えるくらいだった。
――張り子の街のようだ――
 まるで映画のセットのような街を見下ろしている自分は、真っ暗な部屋にいる。光を吸収する場所にいるのだから、向こうから見えるはずがない。
――俺が見ているのは、地下都市?
 上空から見ることは不可能だという考えが一番あったので、地下都市だと考えるのがまだ納得の行くことだった。
 下を見るという感覚が、深層心理を垣間見ると感じた記憶があるので、子供の頃の夢といっても、中学生にはなっていただろう。
 子供の頃の夢は思い出すまでに時間が掛からない。却って昨日の夢の方が掛かるくらいだ。あくまでも印象なので何とも言えないが、地下都市を見ていて、不思議な感覚に陥ったのは事実だった。
――虹が出ている――
 夜なのに虹が出るなんておかしな感覚だった。
 今回の工場取材に来る途中の暗い道で、空の切れ目が見えたのを思い出した。最初は山が見えているからなのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。鎌形に弧を描いていたのを思い出すと、あれは虹だったのかも知れない。その時にどうして虹だと感じなかったのか分からないが、今、工場に入り、地下都市を見下ろしたイメージがダブって感じられる。
「あのネオンサインは都会の煌びやかさではなく、工場についている明かりではなかったのだろうか?」
 昔の地下都市のイメージを思い出すことによって、夜の虹という夢の中のイメージが完成された気がする。深層心理を掘り下げるイメージが地下都市にあり、夢という深層心理を今さらながらに実現したのは、偶然とは呼べないだろう。
 たった一人で描く深層心理による偶然、夜のしじまに広がる誇大妄想が一つずつ今までの点を線へと変えていく。
作品名:短編集62(過去作品) 作家名:森本晃次