フリーソウルズ2
Scene.9
物置小屋
犬が吠える声に目を覚ます裕司。
横たわったまま朧げな意識の中、鼓膜を震わす声に耳をすませる裕司。
冷たい汗が裕司の頬をつたって落ちていく。
幼い頃、家族で飼っていた柴犬を思い出す裕司。
裕司 「ジロー・・・」
啼き声が鮮明になる。
それがジローのものでないことを認識する裕司。
裕司の目の前にあるものは、土くれと折り重なる落葉。
瑞々しい空気。
樹々が密集する森。
落葉を世話しなく踏み続け、けたたましく吠え続ける犬の足。
ゾクっとして上体を起こす裕司。
犬は白い毛並だが薄茶色に汚れている。
裕司の周囲を行ったり来たりしている犬。
森に向けて、ひっきりなしに吠え立てる犬。
樹木の間、薄闇の中に二つの目が光る。
樹木の間から肩を怒らせた巨大な獣が森の中から姿を現す。
体長2メートルを超えるツキノワグマである。
熊の登場に対し身構えたが右足に痛みが走る裕司。
右足首にまったく力が入らない裕司。
ドスドスと巨体を揺らして迫ってくるツキノワグマ。
熊の牙は血で汚れている。
中型犬を抱き抱えて小屋の中に身体を投げ出す裕司。
粗末な引き戸を内側から強く閉める裕司。
鉄の檻を弾き飛ばし物置小屋に襲いかかる熊。
地鳴りのような咆哮で小屋が揺れる。
必死の形相で引き戸を押さえる裕司。
グゥ―グゥーと怒るような吼え声とともに小屋を揺らす熊。
巨体を何度も物置小屋にぶつける熊。
物置小屋の外壁が剥がれる。
堪える力がなくなり引き戸から手を離す裕司。
怯える犬を脇に抱えて小屋の隅で身を震わせる裕司。
吼え声が止む、
小屋の揺れが収まる。
静寂が小屋の内外を包む。
引き戸の隙間から外の様子を窺う裕司。
獰猛な熊の姿はない。
緊張から解き放たれ右足の痛みがぶり返してきて顔をしかめる裕司。
裕司の額の汗が顔面をつたってぽたぽたと床に流れ落ちる。
犬が、腫れ上がった裕司の右足を心配そうに見ている。
その犬が飼い犬だったジローと重なって見えてくる裕司。
裕司 「お前が教えてくれたからだ。さっきは助かった」
犬を膝の上に抱きよせる裕司。
裕司が首を触るとクークーとかわいい声で啼く犬。
首輪はない。
犬は嫌がることなく人懐っこい。
裕司 「ジロー」
犬にそう呼び掛けた裕司。
そう呼ばれた犬は耳を立てて裕司を見上げる。
裕司 「ここはめちゃくちゃ暑い。だけど外は危険だ。それにこの足じゃ一歩も歩けない。なぁジロー。もう少し辛抱してくれるか」
大きな瞳を閉じ気味にして裕司に鼻をすり寄せるジロー。