フリーソウルズ2
Scene.34
店内回想
(以下、ピアニスト南條礼太郎=真凛の独白)
晶子と書いてショウコと読む。
それが彼女の名前。
俺にふたたび音楽を奏でる喜びを与えてくれた女。
グランドピアノの隣で”As Time Goes By" を歌う晶子。
昼間は音楽専門学校の声楽科に通い、夜は歌舞伎町のラウンジでフロアレディをしている。
学費がべらぼうに高いらしい。
接待仕事は苦手だと言っていた。
学費を稼ぐために仕方ない、我慢していると、しばしば溜息をついた。
そこまでして歌い手になりたいという情熱が晶子を突き動かしていた。
店では客のリクエストに応えて歌声を披露することがある。
それが彼女の息抜きにもなっていた。
晶子に初めて会った日、俺は当時しがないサラリーマンだった。
大学の延長でジャズバンドを組んでいたが、自然消滅しそのまま夢をあきらめた男。
でかくもない旅行会社の営業だった。
大企業の部長の接待で歌舞伎町のパリセーズを訪れたとき、彼女の歌声を聴き、虜になった。
晶子の歌のピアノ演奏がしたい。
消えかけていたハートに火がついた。
錆びた腕を磨き直して、パリセーズの門を叩いた。
当時、専属のピアニストは下腹部の出っ張りが目立つ女性だった。
産休に入ることは目に見えていた。
俺は妊婦さんと同じレベルでピアノが弾けることを、店のオーナーにアピールした。
晶子に惚れていることは口が裂けても言えない。
オーナーは女性演奏者を希望していたが、昔から女性ヴォーカルを引き立てるのは男性ピアニストだと熱弁した。
結果、週1回月曜日のみという約束で、なんとか職にありついた。
その後は店に気づかれないように、晶子にアタックした。
晶子は歌うことに憧れていて、恋愛に興味はなかった。
俺はそれでよかった。
晶子が歌うところを傍で見ていたかった。
彼女と同じ時間、同じ夢を見ていたかった。
晶子が"時の過ぎ行くままに”を歌い終えると、黒服が彼女をボックス席に案内した。
ボックス席には、晶子を気に入っている地元の暴力団の幹部が舎弟を連れて居座っていた。
晶子は舎弟と幹部の間に座った。
心配そうに見つめる俺に晶子は、”大丈夫”と目で合図を返した。
折しもヤクザの抗争事件が頻発していた時期。
その幹部も例外ではなかった。
暗い店の扉の向こう側で、大きな物音がした。
男たちの怒声や言い争う声が聞こえてきた。
扉が破られ、数人のヤクザ風の男たちが店になだれこんできた。
そのうちのひとりの手に拳銃のようなものが見えた。
俺はボックス席を振り返った。
いきり立った顔の幹部の横に、怯えた表情の晶子がいる。
「しょうこ! 逃げろ!!」
と叫んだが、足がすくんだのか、晶子は動けない。
俺はボックス席に走った。
「ヤロー! テメー!」
と誰かが叫んだ。
俺の背後で銃声が轟いた。
乾いた銃弾の発射音が残響する。
俺は指先がしびれ、身体が激しく痙攣した。
痛みはないが、口を開こうにも声にならない。
そんな俺を見つめる晶子の瞳。
怯え慄く晶子の瞳・・・。
(独白、以上)