フリーソウルズ2
Scene.29
裕司下山
早朝。
中学教師風の男が野犬に襲われた谷間の沢辺に立つ裕司。
人影はなく、争った痕跡もない。
ジローが周囲の気配に目を配りながら、渓流の水を飲む。
勾配が急になっている岩場のてっぺんを見上げる裕司。
裕司 「ここを登るぞ」
ジローが吠える。
吠えつつ林のほうへ歩いていくジロー。
行きたい方向が違うと、ジローを呼び戻す裕司。
裕司 「ジロー、この丘の向こうに行きたいんだ」
傾斜のてっぺんを見てひと吠えするジロー。
林のほうを向くジロー。
裕司 「そうか、ジローはこの沢登りができないからな」
沢登りを諦める裕司。
ジローの先導で林の中を歩き、緩い傾斜を延々登る裕司。
林の中は至る所にぬかるみがある。
枯葉の下で、地面から絶えず水がじんわりと沁みだしている。
地表から沁みだした湧き水は、集まり小さな流れとなる。
その流れは岩に阻まれて幾筋にも広がり、またひとつに集まり、しっかりとした流れを作る。
太くなった流れは、岩の間を這うように駆けあがり駆けくだる。
やがてその流れは、地面の途切れた崖から勢いよく落下する。
崖の上の大きな岩のひとつに足をかける裕司。
下を覗きこむ裕司。
細かい水飛沫が飛ぶ。
渓流の沢辺がひろがっている。
崖下と反対側は緩やかにのぼりの傾斜が続く森林。
意を決して、のぼり傾斜を進み始める裕司。
登りはじめて間もなく、人が踏み固めたような道を発見する裕司。
樹木に覆われ、人がひとり屈まずに歩けるトンネル状になっている。
ジローが樹木トンネルの左右を見較べる。
ジローのあとを追って進む裕司。
しばらく進むと、裕司の視界が明るく大きく開ける。
山肌が平らに均され植物が根こそぎ刈り取られた見晴らし台のような場所に立つ裕司。
連なる山脈や尾根が一望する裕司。
向かいの山の中腹に、寺社の建物の屋根がある。
その山裾に木々の隙間に見え隠れするように道路が通っている。
はるか遠くにかすむ海洋の水平線。
裕司 「ああああああああああああああ!!!!!!!」
薄笑いを浮かべて地面にへたりこむ裕司。
裕司の叫び声が木霊となって山間に残響する。
ジローも雄叫びをあげる。
何度も雄叫びをあげるジローを座らせる裕司。
ジローの雄叫びも木霊する。
数羽の鳥が青空を飛び交う。
ジロ―の雄叫びとは異なる遠吠えが、木霊に混じって山間に響く。
心地よい汗を拭う裕司。
別の峰から遠吠えがする。
木霊と相まって輪唱するかのように続く。
裕司の背後で、がさがさと葉擦れの音がする。
背筋を凍らせてゆっくりと振り向いく裕司。
うなり声をあげる二頭の大きな野犬。
飛びあがって後ずさりする裕司。
だがそこは見晴らし台。
地面がなくなる半歩手前で踏みとどまる裕司。
ジローは落ち着き払って吠える気配がない。
座ったまま、野犬と裕司を見較べているジロー。
額から汗がしたたる裕司。
凶暴な素振りを見せない二頭の野犬。
極めて穏やかな眼つきである。
裕司の前に歩み出て、頭を下げ静かに地面に伏せる二頭の野犬。
野犬と同じような姿勢をとり地に伏せるジロー。
その光景に思わず目を丸くするジロー。
あることを悟って両膝をつく裕司。
裕司の心の声「あの沢辺で、この二頭の野犬もまた、自分の命を救ってくれたのか・・・」
恐怖で強張っていた身体から力を抜く裕司。
早秋を迎える山々。
犬たちの遠吠えがいつまでも木霊する。