フリーソウルズ2
Scene.30
地獄図
敦木市
相模川のイノシシは結局1頭も捕獲もされず不安が増すばかりの地元住民。
その一方で地元選出の衆議院議員益岡健男が初入閣を果たしお祝いムードの市街。
街の至る所に益岡健男のポスターが貼られている。
近い将来総裁選に出馬すると口外するようになった益岡にマスコミの注目が集まる。
政府要人のなると護衛にあたるSPの数も増す。
前後にSP車が随行し益岡を乗せた高級車が敦木市の入る。
益岡大臣が敦木インターをおりたと大下巡査の乗ったパトカーに無線が入る。
大下 「了解、ヒトマルナナ配置につきます」
無線を返しハンドルを切る大下。
そのときふたたび無線が入る。
無線 「赤谷南交差点で事故。車とけものが衝突した模様」
市民会館は国道と市道が交わる、”市民会館前”という大きな交差点の北東角にある。
赤谷南交差点は、市民会館前から真っすぐ北へ約1キロ。
そのとき大下の所在は市民会館前交差点から東へ約0.5キロ国道恩場交差点である。
大下 「こちらヒトマルナナ。現在地恩場。けものはイノシシですか?」
無線 「種類は不明。イノシシという通報もあり」
額に汗が噴きだす大下。
無線 「事故現場へ急行せよ」
大下 「ヒトマルナナ赤谷南へ急行します」
無線 「目撃者によるとけものは十数頭いる模様。注意されたし」
大下 「了解」
無線を切る大下。
大下 「(呟く)十数頭?」
国道恩場の交差点を素通りして市民会館方面に向かう大下。
市民会館周辺の路上では辻々に立つ制服警官や警ら隊がざわついている。
市民会館前の交差点を右にハンドルを切る大下。
しばらく走ると車が渋滞し始める。
青信号なのに進まない。
反対車線も同様にノロノロ運転である。
サイレン音を強めにして車の隙間を通り抜ける。
大型ダンプの髭面の運転手がドアを全開にしてステップに立ち前方を見ている。
その方向から異臭がし黒い煙が立ちのぼるのがダンプ運転手の目に入る。
砂煙があがる。
地響きがする。
ダンプの運転手が叫ぶ。
ダンプ運転手「イノシシの大群だ!」
クラクションが鳴り響く。
ダンプの声に気圧された乗用車の運転者がドアを開け放って車を放置する。
逃げるように歩道へ走る乗用車の運転手。
次々に車が放置される。
身動きがとれなくなるパトカーの大下。
パトカーから降りて車列越しに前方を眺める大下。
地鳴りのような轟音が近づいてくる。
叫び声があがる。
毛を逆立てた一頭のイノシシが車の隙間を車体に身体をぶつけながら向かってくる。
大下のすぐ近くを通り過ぎるイノシシ。
大下 「あっぶねぇ・・・」
汗を拭く大下。
間髪入れず巨体のイノシシが次から次へと現れる。
パトカーの車内に避難する大下。
何頭ものイノシシがパトカーの屋根を踏み越えていく。
その数は2頭や3頭ではない。
10頭、20頭、いや30頭以上はいるかもしれないと数える大下。
車を降りて市民会館方面に遠ざかっていくイノシシの大群を見送る大下。
思わず身震いする大下。
”イノシシの大群が市民会館前を南方向に直進すれば、国道を横断する形になる。
そうなれば国道恩場から市民会館前の導線は守られる。
そればかりかむしろ遠ざかっていくだろう。
よってインターから恩場を通ってやってくる益岡大臣の到着に影響することはない”
無線でそのように敦木警察本部に報告した大下。
大下の無線を受けて市民会館前から恩場に通じる国道にはバリケードが張られる。
イノシシを確実に直進させ南へ逃す策である。
だがイノシシの行動は大下の予想を裏切る。
大群の先頭のイノシシが市民会館前の交差点手前で急に立ち止まる。
後続のイノシシたちはつんのめりながら団子状態になる。
空中では、数羽のカラスが大きな円を描いて飛翔している。
風の匂いを嗅ぐ先頭のイノシシ。
かと思うと市民会館角を左側恩場方面に舵を切る先頭のイノシシ。
先頭に従って猛烈な勢いでコーナーを左に曲がる後続のイノシシたち。
コーンと虎バーでこしらえた簡素なバリケードは容易く破られる。
身体を張ってイノシシの進行を止めようとした警察官の数人に負傷者がでる。
その第一報は敦木警察本部に即座に入る。
警察無線を傍受できる大臣車にも伝えられる。
警察本部長「益岡大臣、迂回ルートを取ってください!」
だが益岡の車に同乗していた大臣秘書官の磯部が断る。
磯部 「国道はけものが優先して通る道なのか。大臣のプライドに傷がつく」
イノシシの一群はいよいよ国道恩場の交差点に差しかかる。
警ら隊の隊員はライフル銃を構える。
猛進してくる先頭のイノシシに照準を合わせる。
部隊長の指示を合図にひとりの隊員が狙撃する。
ライフル銃から発射された銃弾は先頭を走るイノシシの頬に命中する。
もんどりうって倒れるイノシシ。
一斉に立ち止まる30余頭のイノシシ。
恩場交差点に横並びに広がるイノシシの群れ。
益岡大臣を乗せた車列と対峙するイノシシたち。
一触即発の空気が漂う。
会場到着寸前で足止めされいら立ちを隠さない益岡。
益岡 「早く退治したまえ。田舎警察が・・・」
益岡の言葉が敦木警察本部の耳の入り怒り心頭の警察本部長。
熟考しないまま管轄の全車両全警察官にイノシシに対する拳銃使用を命じる本部長。
同時に恩場の交差点周辺に住む住民や会社従業員には避難が呼びかけられる。
市民会館内の警護を担当していた警察官も恩場に駆けつける。
警察署内では盾と防護マスクを持ち防刃ベストをつける機動隊員たち。
現場に向かうべく大型車両に乗る機動隊員たち。
益岡車列を先導する白バイに次々に襲いかかるイノシシたち。
冷静さを失い拳銃を抜く白バイ警官。
襲いくるイノシシに手あたり次第やみくもに発砲する白バイ警官。
だが一発も命中しない。
イノシシの鋭い牙が白バイ警官のふくらはぎの肉を喰い破る。
至近距離まで近づいた同僚警官によってイノシシが数頭射殺される。
同僚警官の行動によって命を取りとめた白バイ警官。
しかし白バイ警官の乱射した流れ弾が避難途中の老婆の背中に命中していたことはあとで判明する。
SPが危険を察知し益岡を車外に連れ出そうとする。
地面に倒れた警官たちを踏み越えて十数頭のイノシシが益岡の車列に襲いかかる。
銃弾が飛び交う。
血しぶきが舞う。
咆哮や叫び声がかき消されるほど、銃声が鳴りやまない。
次々とイノシシの死体が積みあがる。
恩場の交差点が血の海に染まる。
ようやく現場に到着した大下。
その光景に言葉を失う大下。
拳銃のグリップを握りしめたまま立ち尽くす大下。
恩場の現場にいたイノシシは一頭残らず射殺される。
事件は多くの市民の関心事となる。
市民がスマホで撮影した動画や写真は瞬く間にSNSにアップされ拡散される。
イノシシが大挙して現れた理由。
警察官の発砲の適否。
イノシシは益岡大臣の車列とわかっていて襲ったのか?
地上波、CS、ネットでホットな話題となり。いち地方の出来事が全国ニュースとなる。
警察庁は警察官たちの発砲について適切だったと即座に発表。
動物愛護団体が警察の対応について批判的な声明を出す。