フリーソウルズ2
水の章
Scene.25
えのすい
新・江ノ島水族館 ”えのすい”
イルカ&アシカショーが開催される大型専用施設。
イルカたちが泳ぐプールと客席を隔てているものは湾曲したアクリルガラス。
ガラス越しにプールの中で泳ぐイルカやアシカの姿を見ることができる。
ひとりプールの縁を歩き水中を覗く香織。
香織がアクリルガラスに手を触れるとバンドウイルカのミレニが泳ぐのを止めて香織に近寄ってくる。
ひとしきり香織と戯れると水の中に消えていくミレニ。
階段状観客席を振り返る香織。
観覧席には数えるほどの客しかいない。
階段をのぼってお気に入りの席に座る香織。
プールの水面がアクリル板の上端に程よく見渡せる位置。
プールサイド奥側にはトレーナーやパフォーマーが立つスペースがある。
ステージ背面のうしろ側は片瀬海岸のビーチから穏やかな相模湾。
正面左手遠くにこんもりとした小さな森のような江の島が佇む。
そんな風景をぼんやり見ている香織。
真凛 「おい、キョーイチ。あそこ(客席の香織を指す)」
すぐに判断できず少し歩いて横顔を後方から確認する恭一。
恭一 「童門先輩です」
真凛 「キョーイチの予想、大当たり!!」
自慢げに口角をあげる恭一。
真凛 「やっぱ、生きうつしだわ・・・」
香織の端正な横顔にしばし見とれる真凛。
真凛 「ひとりかなぁ」
恭一 「さぁどうでしょう」
真凛 「何て声をかけたらいい?」
恭一 「わからないっす」
真凛 「キョーイチ、お前おんなじ陸上部だろ」
恭一 「何言ってるんですか、真凛さん」
真凛 「偶然を装ってさ」
恭一 「無理です」
真凛と恭一が話している背後を長身の男・矢沢が通り過ぎる。
ボディローションの甘い香りが真凛の嗅覚を刺激する。
飲み物の入ったカップをふたつ手に持って階段をおりる矢沢。
香織の隣に座り飲み物を香織に手渡す矢沢。
表情を変えずプールに視線を置いたまま飲み物を受け取る香織。
恭一 「ほらね、真凛さん。もう帰りましょう」
真凛 「待てよ、キョーイチ」
矢沢に話しかけているが香織がそれに答えている様子がない。
真凛 「ナンパされたばかりかも」
恭一 「付き合ってるふうですよ」
真凛 「だとしても日は浅い」
恭一 「どうしてなんですか、どうしてそんなに童門香織にこだわるんすか、真凛さん」
真凛 「わからない、俺にも。心がざわつくんだよ」
恭一 「あんまりいい噂聞かないですよ、童門先輩。ヤバい奴と付き合ってるとか、クスリやってるとか」
真凛 「関係ない。悪い噂話は信じない」
恭一 「でももし本当だったら」」
真凛 「本当だったら、真実を確かめる」
観覧客に紛れて階段をおりた真凛と恭一。
空席だった観覧席が少しずつ埋まるなか香織のすぐ斜め後ろの席に陣取る真凛たち。
背後から香織と若い男の会話に耳をそばだてる真凛。
矢沢 「10万でいいんだよ。お願い。(香織に手を合わせて頼みこむ)俺が紹介してやった店、居心地悪くないだろ? 店長もいい人だし」
香織 「2度目の前借りは無理」
矢沢 「そこを何とか。俺から店長に話つけとくから」
香織 「もういい・・・」
矢沢 「え、貸してくれんの、10万?」
香織 「貸さない。もう話したくない」
矢沢 「なんでだよぉ、香織。アシ代が足りねえんだよ」
ショーが間もなく始まるというアナウンスが流れる。
会話を中断してショーの開始を沈黙して待つ香織と矢沢。
前方の席は水がかかる等の諸注意のあといきなりポップな音楽とともにショーが始
まる。
水面から飛びだしたイルカが1回ひねりをして着水する。
ザブーンと水しぶきが撥ね、客席前方に飛び散る。
前方席にいた客は貸出カッパが役に立たないほどずぶ濡れになる。
ヘッドセットをした爽やかな3人のトレーナーがウエットスーツで登場する。
アシカ&イルカショー開演。
アシカがお茶目なダンスに笑顔のない真凛。
イルカが豪快なジャンプを決めてもおざなりの拍手をする真凛。
イルカが泳ぎながら胸びれを動かしバイバイしているような仕草でショーは終わる。
矢沢が話の続きを始める。
矢沢 「じゃあとりあえず5万。5万でいい」
香織 「もう・・・」
矢沢 「本当なんだって。沖縄の大会に行くのにかかるんだって」
香織 「嘘ばっかり」
これ以上聞きたくないと立ち上がる香織。
3棟のイルカが大きく弧を描いてジャンプする。
再び客席から拍手が沸き起こる。
舞台をおりる準備をしていた3人の若きトレーナーたちは驚いて顔を見合わせる。
トレーナー3人それぞれ「オレじゃない」と首を横に振る。
周囲にいる職員や客席を見廻しすトレーナーたち。
矢沢 「嘘じゃないって」
香織 「宮崎も行ってなかってでしょ」
矢沢 「あれは・・・」
3頭のイルカが水面に顔を出す。
喉笛を転がすように鳴きだすイルカたち。
トレーナーのリーダーが香織の存在に気づく。
矢沢を残し席を離れる香織。
階段通路を一段一段のぼる香織。
すぐあとを追う矢沢。
矢沢 「ちょ、待てよ、香織」
イルカの鳴き声が気になったくるりと振り返る香織。
階段通路に立って急に青ざめて両手をバタつかせる矢沢。
体勢を低くして男の脛めがけて蹴りを入れた真凛。
一瞬、真凛と目が合う矢沢。
崩れるように後方に倒れる矢沢。
矢沢を助けようと前のめりなって手を差しだしだす香織。
マット運動の後方回転のように通路階段を転げ落ちる矢沢。
転落する男を見送る香織。
視界の隅におかしな態勢をとっている真凛の視線を感じる香織。
恭一 「何やってるんですか、真凛さん」
座席にしがみつくような妙な態勢の真凛。
真凛 「いやぁ、足を伸ばそうとしたら、あたっちゃって・・・(苦笑う)」
階段下では男のもとにショーの係員とトレーナーたちが参集する。
トレーナー「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
矢沢 「大丈夫じゃねぇ」
脛や肩のあたりをさすりながら階段の上のほうを指さす矢沢。
矢沢 「あの女だ! 俺を蹴りやがった!」
観客の目が呆然と立ちつくし階段下を見つめる香織に集まる。
すかさず香織を隠すように前面に立つ真凛。
真凛 「俺です!俺がやりました!(大きな声で言う)」
真凛 「階段を踏み外しそうだったので助けようとしたら、つい・・・。ごめんなさい!(二度頭を下げる)」
矢沢 「テメー、このヤロウ!」
立ちあがって茶髪を振り乱し階段を上ろうとする矢沢。
矢沢を引きとめる係員。
係員 「頭から血が出ています。動かないで」
振り返って香織にウィンクする真凛。
当惑の表情の香織。
状況を放置し階段を駆けあがる香織。
次のアトラクションに移動する観客の間をすり抜ける香織。
通路を走り去る香織を呼びとめる真凛。
真凛 「香織さん! 童門香織さん!」
立ち止まる香織。
香織 「(振り向いて)どうして私の名前を?」
記憶の奥に眠るある女性の面影に瓜二つだとあらためて思う真凛。