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フリーソウルズ2

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Scene.14
佐伯道雄

多香子が超科学研究会を訪れてから1週間が経ったある日。
灌北大学構内の小さな会議室。
壁際に寄せられた長机の上には小型のノートPC。
ケーブルはつながっていない。
ディスプレイには、黄色のフォルダーアイコンが表示されている。
PCの真正面に多香子が座り、多香子を挟むようにカモとレン。
その両側にリョウとゆっちん。
皆PC画面をじっと見つめている。

カモ   「暗号解読には、僕が付きっきりで立ち合いましたから、余計なことはされてないと思います。いや、されてません。このフォルダーの中身は、まだ誰も見ていませんから」

カモが多香子にフォルダーアイコンをタップするよう促す。
フォルダーが開き動画画面が立ちあがる。
三角形の再生マークが真ん中にあり背景は男性の静止画像。
いかにも聡明で実直そうな好青年のバストアップ。
それを見た多香子の表情に緊張が走る。

カモ   「お兄さんですね」

小さく頷く多香子。

カモ   「僕たち退席しましょうか」

気を遣って腰を浮かせるカモとリョウ。

多香子  「いえ、いてください」
カモ   「え?」
リョウ  「でも・・・」
カモ   「しかし、これ・・・」
多香子  「兄です」
カモ   「この動画はお兄さんが多香子さんに残した最後の言葉かもしれない」
リョウ  「そんな大事なもの」
多香子  「皆さんいてください。一緒に見てください」
カモ   「しかし、困ったなぁ」

突っ立ったまま手を頭の上に載せるカモ。
椅子の背後に廻り背もたれを掴んで思案するリョウ。

多香子  「お願いします」

なおも頭を下げる多香子。

カモ   「どうする、レン?」

見たい気持ちと見てはいけない気持ちの狭間に揺れるレン。

多香子  「SDカードにこのクラブの名前を書き残したのは、皆さんに見てもらいたいという兄の気持ちだと思うから」

不安げに懇願する多香子の顔を見て戸惑うカモたち。

ゆっちん 「わかりました。そこまで言うなら」

静観していたが突然キリっとした顔を多香子に向けるゆっちん。

ゆっちん 「一緒に見ましょう!」
多香子  「ありがとうございます(深く頭を下げる)」

ゆっちんを睨みながら渋々着席するカモとリョウ、レン。
動画再生ボタンを押す多香子。
動画が動きだし画面上の佐伯道雄が穏やかな口調で語り始める。

道雄   「多香子がこれを見ているということは・・・」

思わず目を閉じるカモ。
PCから顔をそむけるリョウ。

道雄   「たったひとりの大切な妹を独りにさせてしまって、すまない・・・」

膝に置いた拳を握りしめて感情が溢れるのを堪えるカモ。

道雄   「もし超科学研究クラブのみんながこの動画を一緒に見ているのなら、頼みがある。多香子の力になってやってほしい」

道雄のその言葉に目を開いて顔をあげるカモ。
PC画面に向き直るリョウ。
すぐ隣で多香子が必死に耐えているのを感じるレン。
じっとPC画面に視線を注ぐレン。
震える手をリョウに伸ばすゆっちん。

ゆっちん 「こんなこと、あるのか、現実に?」
リョウ  「(涙目で)亡き先輩の遺志だ。しっかり聞け」

道雄   「ヒトの深意識の探求。それが、天根与志郎研究室が追い求めた研究テーマだった。自我とか自意識とかを哲学的にとらえるのではなく、物理的に解明しようする科学的アプローチ。
1980年代にアメリカの脳科学者ペンローズが提唱した量子脳理論が、学会に新たなきっかけを作った。天根教授がとくに着目したのが、過去の記憶を持つ人たち。
自我とは脳に固着したものではなく、実は移ろいやすいものではないかという仮説を立てた。そしてそれを実証するための実験を行うに至った。ヒトの自我意識を、人為的に他のヒトに転移させる。
冷静に考えたらそんな人体実験が倫理的に許されるはずがない。しかし時間をかけ調査し、人選し、実験機材を購入したら、もうあとには退けなかった。倫理委員会の結論を待たずに実験を強行した。
実験は成功した。MEGは完全にその瞬間をとらえていた。興奮したよ。それはたしかに存在する。存在の証明を学会で公表するはずだった。でも案の定というか、実験直後にデータ没収、実験機材は解体された。
天根研究室は完全に潰されたんだ。しかし僕はリスクを見越して、自分のPCにテータが転送されるよう細工しておいた。このことは天根教授には言ってない。なぜなら、その存在について教授と意見の相違があったから。
教授はその存在に関してヒト由来のものだという一貫した主張を曲げなかった。しかし様々なケースを検討していく中で僕は教授に、ヒト以外の要素も考えられるのではありませんかと言ったことがあった。
そしたら、ひどく憤慨されて延々説教された。自分は人間の脳の研究をしている。ヒト以外の結論に帰着するなどあり得ない、と。たしかにそうだと思いつつも、自分の中に消せない何かがあって、研究室が閉鎖され天根教授が大学を去られたあと、僕も大学を辞めた。
しばらく実家に戻って、研究のことは忘れようと努めたが、もやもやが消えず、このデータを分析して、自分なりの結論を見つけようと自力で研究を再開した」

カモ   「すごいな、佐伯先輩」
リョウ  「話の7割わからない」
レン   「MEGって何?」
ゆっちん 「やっぱ倫理的に問題ありの実験だったんだ」

いったん動画が途切れ部員たちが口々に感想を述べあう。
多香子は道雄の言葉を聞き逃すまいと集中を切らさない。
写真つきのレポートが1枚、PC画面に映しだされる。
オリベール・アシュロフという名前の初老の西洋人。
動画がふたたび、自動的に再生を始める。

道雄   「アシュロフ博士は、言語学者で歴史学者で理論物理学者で、ときには優れたチェロ奏者でもある。実に才能豊な人だが、学会では変人扱いされ、疎まれていた。そのアシュロフ博士の著書を読んだときに、自分が考えている説と通じるものを感じた。
で、すぐに手紙を書いて面会を申し出た。返事は期待してなかったが、数か月後、オーストリアから小包が届いた。書簡が添えられていた。
”この1テラバイトのハードディスクに、私の研究成果のすべてが詰まっている。私は末期ガンで余命幾ばくもない。人類がどのように終焉を迎えるのか見たかったが、それも叶わぬ。あとは、君に託す”
まさかと思いつつ、知り合いを頼って博士の安否を確かめた。けどもうそのときには、亡くなっておられた。
博士には共同研究をする同僚も弟子もいなかった。偶然僕が書いた手紙を読まれて、後継を託す気持ちになられたようだが、その研究資料の量も質も凄すぎて、正直当惑しかなかった。
でも博士からの書簡の、最後の言葉で勇気をもらった。
”その存在が地球外由来であること。そしてその存在は有史以前、おそらく数千万年年以上前から地球に存在するという君の意見に賛同する。もっと早くミチオに会いたかった”
作品名:フリーソウルズ2 作家名:JAY-TA