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フリーソウルズ2

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Scene.13
橋本正次郎

暗転した比較的大きなステージに照明が灯る。
センターにひとりの人影が進みでる。
ニットキャップを被りサングラスをかけているユアト。
胸にワンポイントをあしらった白いポロシャツを着ている。
カメラがユアトを捉えユアトの顔がアップになる。
耳に手を添え聞き取る素振りをするユアト。

ユアト  「おや、お前のファーストインパクトはこんなもんか!という声が聞こえますね。まだまだこんなもんじゃありません。次は本物のチェザルモに登場していただきます。まずは、これをご覧ください」

照明が落ちステージ後方に設えられた大型スクリーンが稼働する。
スクリーンに幼い子どもが描いた拙い絵4枚が表示される。
スケッチブックにクレヨンで描かれたその絵である。
天守閣のある城郭、鎧兜を纏い刀剣を振るって戦う侍、立派な庭のある屋敷など。
スクリーンからズームアウトし舞台全体の画になる。
スツールが舞台の上手と下手に2脚ある。
上手のスツールに腰かけるユアト。

ユアト  「(スクリーンを見ながら)これを描いた人を紹介します。橋本正次郎さん、どうぞ」

客席と舞台を繋ぐ短い階段をある人物が昇ってくる。
椅子から立ち上がってその人物をもう一方のスツールに案内するユアト。
その人物の顔はカメラに映らない。
カメラを背にして座る人物に話しかけるユアト。

ユアト  「僕の初めてのショーにお越しいただき、ありがとうございます、橋本さん」
橋本   「(緊張気味に)はい」
ユアト  「これは橋本さん、あなたが描いた絵ですね」
橋本   「はい、よく覚えていませんが、ずっと家にありました。私が4歳か5歳のときに描いたものらしいです」
ユアト  「らしい、とは?」
橋本   「母からそう聞きました」
ユアト  「橋本さん、カメラのほうを向いていただいてもよろしいですか」

画面が橋本の後頭部の画になる。
やや躊躇した後、カメラのほうに顔を向ける橋本。

ユアト  「千葉で鶏を飼っておられる橋本さん」

口元が初めて緩む橋本。

ユアト  「僕が断言します。橋本さんは正真正銘ゼーレを持ったチェザルモです」

カメラ目線で決めポーズをとるユアト。
白髪まじりの短髪から滴る汗を太い指で拭う橋本。
両手を広げてまるでわからないという表情を作るユアト。

ユアト  「なぜ、どうして橋本さんがチェザルモなのか、ここまでの情報だとわからないですよね。補足させてください」

スクリーンに年配の婦人の後ろ姿の写真が映しだされる。
一般家庭のダイニングルームである。
婦人と対話するような恰好でユアトも写りこんでいる。

ユアト  「一般の人でも幼稚園児の頃の記憶、大人になれば薄れますよね。全然思い出せない人もいる。しかし母親というのは、我が子のことは産まれたときから今の今までのこと、すべてを記憶しているものです。
橋本さんのお母様もそのおひとり。お話を伺ってきました。橋本さんがこれらの絵を描いた幼少期に、橋本さんはお母様に次のようなことを話されたそうです。
自分は小田原藩の家臣吉野壱之介の長男であったこと。箱根の関所守衛の任にあたっていたこと。関所を通す通さぬで旧幕府軍の残党である遊撃隊の一派と押し問答になったこと。一発の銃弾が引き金となり、関所を挟んでその遊撃隊と交戦になったこと。
真鶴の海岸に榎本武揚率いる海軍の軍船が現れたこと。等々を5歳とは思えないしゃべり方で、5歳の子どもが知るはずもない内容の話を、これまた子どもらしくないタッチの絵を描きながら次から次とお母様に訴えたそうです。
これらの絵はお母様があまりに奇妙に感じられたので、捨てずに取って置いたのだと。憶えてらっしゃいますか。橋本さん?」
橋本   「いいえ、憶えていません、まったく記憶が薄れてしまって・・・。しかし・・・(しっかりした口調で)志を持った者同士がなぜ戦わなければならなかったのかという漠然とした思いは、今も心の中に残っています」

カメラに向かって喋り始めるユアト。

ユアト  「調べたところ小田原藩に吉野何某の名前はありました。小田原藩が箱根の関所を守っていたことも歴史的事実。徳川幕府再興を目論む一派と小田原藩が箱根で一戦交えたことも史実。
ただ橋本さんの系譜ファミリーヒストリーには、吉野姓はひとりもいませんし、むろん小田原藩とも徳川家とも関係性がまったくありません。ご先祖様が武士だったという事実もありません。
なのになぜ、まだ5歳くらいの幼い橋本少年がこれらの絵を描くことができたのか。そこまでポピュラーではない幕末のワンシーンを、お母さんに話すことができたはなぜなのでしょうか」

サングラスを外しニットキャップを脱ぐユアト。
睫毛の長い青く大きなユアトの瞳をレンズがとらえる。
束ねられていた長い髪がふわっと解けて落ちユアトの肩先にまとわりつく。
鹿毛色のストレートヘアを頭を前後に振って整えるユアト。

ユアト  「橋本正次郎さんでした。今は千葉県で養鶏農家を営んでおられます。ありがとうございました」

立ち上がってユアトとカメラに向かって礼をする橋本。
4枚の幕末の絵がクローズアップされる。
フェードアウトしながら再び舞台が暗転する。
暗闇の舞台後方スクリーンに白抜きのテキスト文章が浮かびあがる。

(文面)
”この番組出演にあたり、橋本正次郎さん(仮名)には僕からいくつか贈り物をしました。古くなった鶏舎を改築し、さらに新しい鶏舎を建てて差し上げました。
もしさらに橋本さんにお話を伺いたいという人がいたら、僕くらいの誠意をもってお願いしますね。 ユアト”


作品名:フリーソウルズ2 作家名:JAY-TA